疑わないでラベンダー (1/4)


電話番号を空で覚えてるって昨今なかなかレアでない?神崎くんはそんなレアな人間です。
覚えてた委員長の電話番号にダメ元でかけてみたら、通話が繋がった。
おお。実質、異世界通話みたいなことになってる。いや、委員長は今コナンワールドにいるんだけどね?

くん?』

わー、委員長の声だー!
俺が喋る前に言い当てられる。委員長、さてはお前もエスパーだな?

「やっほー、元気?」

『元気、じゃないよ……!!なんで!今、っ、もうっ!!』

「いやぁ。なんか久しぶりに委員長の声聞きたくなって」

『だから私もう委員長じゃないってば……いつの話してるの……』

だって中学の時も高校の時も委員長やってたから、そのイメージが強いだもん。あと昔みたいに千束ちゃんって呼ぶのなんか恥ずい。そゆことない?

『そう、じゃなくって……えっと、くんは今、元気……?』

「元気!ちょう元気!色々大変だったけどさー。あ、最近バイトマスターもしてる!」

『バイトマスター……?また変な言葉使って……』

「いろんなアルバイトで活躍中!最初に決まった喫茶店のアルバイトの先輩がさー、イケメンでかっこよくて口うるさくってさー」

神崎くん?後で色々君には話したいことがある……色々と』

って、あれぇ!?なんでそこにいらっしゃいます安室ことバーボンこと降谷先輩!?何かものっすごい怒ってる?え、俺なんかしました!?
いや、というか本当に待って、委員長?

「え、委員長、今どこいんの?」

『どこ?どこだろう……観覧車の中……』

「なんでさ」

キュラソーおねーさんと一緒に居るなーとは思ってたけど、まだ一緒に居たの!?え、何がどうしてそうなったの?
無事なら良いんだけど、すごい、なんか……何もわからない……。

『おい、神崎。今どこにいる?まさか観覧車の方に居るとは言わないよな?』

やっべ、バレた。
そっか、安室先輩いるなら元スコッチおにーさんいるじゃん。そっちの方に行くって言ってたもん。
事前の打ち合わせでは、俺はもっと遠くに居る予定だった。近くにいると危ないから離れとけ、って言われてたんだけど。
みんな聞いて、聞いて。
今、神崎くんねぇ。足元びっちゃびちゃなの。観覧車の麓にある噴水プールのとこから延々と水が垂れ流しになってるせいで、すっごい溢れてきているのだ。
きっとプールに水を入れる用のバルブを開きっぱにしちゃったスタッフがいたんだな!まったく、うっかりさんだぜ!まあ、さっき給水バルブをひねってきたの俺なんですけどね!!
どれだけ水が溜まるか懸念けねんしていたが、これなら十分だろう。観覧車があるところは少し高台になっているのだけど、高台全体が浸水している。滝みたいに下の方に水が延々と流れ落ちている状態だ。業務用プールの給水量ってこんなにすごいんだね……。
ゴンドラに仕掛けた爆弾で、観覧車の外側の丸いとこ(ホイールって言うらしい)がちょっと傷ついたから、今あの観覧車は完璧な円でもない。これでなんとかなる。はず。……はず。

神崎……本当に人の話はちゃんと聞いてくれ』

「聞いてますよ!?」

くん、スコッチさんとバーボンさんとも知り合いなんだ……』

「あ、そっち本名じゃないんで特にバーボンさんの方は安室さんって呼んであげてください」

どういう状況だと本名バーボン認識になるんですか千束ちゃん。人名にしてはちょっとおかしいなーって思ってよ。しっかりしてくれ英文科。

「っと、のんびり話してらんないんだった。そこにいるなら丁度いいや、数秒ジンおにーさんの気を引く必要あるよね。ちょっと考えがあるから任せてよ!」

『明かりを灯すタイミングが予定と違ったから妙だとは思ったが……はぁ。最初から観覧車の方に来るつもりだったな……』

だって言ったら絶対止めるじゃん。どうしても確実に観覧車のそばに居たかったんです、許して。

「準備オッケーなら教えて」

『ゼロ、行けるか?』

『いつでも』

わあ。
電話越しにスコッチバーボンの幼馴染コンビのやり取り聞いてる……!
え、こんな事あっていいんですか?原作軸の安室透とスコッチさんが話してるとこなんであっていいんですか!?良いんですよ!!神崎くんが許します!!
よし、準備オッケーならさくっとやっちゃおう。
観覧車の影に隠しておいた、このクレーン車をですね。エンジンかけまして。ドアは開きっぱのままにしておいてですね。ぎゅっとアクセル踏んでですね。そのままぎゅっぎゅとアクセルを踏み込みっぱなしになるようにちょちょいと固定してですね。
俺はクレーン車から飛び降りる!!
そのまま走り続けるクレーン車。ばっしゃばっしゃと水しぶきあげながら、徐々に速度をあげて夜の闇に消えていく。
あっさいプールの上状態でも、走ることは走るんだなぁ。
案の定、上空からクレーン車めがけて銃弾が降ってきた。
さっき顔出したから、間違いなく俺が乗ってると思われているだろう。ものっすごい容赦なく降ってくる鉄の雨に殺気を感じる。
おかしーな!見えてないはずなのにジンおにーさんの殺気をひしひしと感じるぞぉ!
クレーン車があっという間にめっきょめっきょに。やっぱりあのおにーさん、こわぁ……。

だけど、作戦通りだ。
まずは大きな爆発音。大好きな映画で、何度も見たから覚えている。
オスプレイの全体像を照らすためにまず、安室おにーさんが爆弾を投げる。観覧車に仕掛けられていた爆弾をそのまま組織に突っ返す形だ。
爆発光によって一瞬だけ照らし出される真っ黒な戦闘機。
うわ、でかい。地上からでも姿かたちが分かるよ、あの飛行機……。
そして次にコナンくんが花火玉を飛ばす。サッカーボールの形をした花火を空に蹴り上げて、オスプレイの体勢を崩させつつ、てっぺんのローター部分を照らし出す。
花火が上がった。綺麗な花火だ。
こういう状況じゃなかったら、水族館に花火ってすごいロマンチックだよなぁ。
そして最後に赤井さんがあのでっかい飛行機を撃ち落とす。
音とかはここから見えない。でも花火に照らし出されたオスプレイが大きく体勢を崩したのが見えた。ローター部分を狙撃されたんだろう。
これで、ジンおにーさんたちは長くは飛べない。墜落する前に避難する必要がある。
大成功だ。
観覧車の麓からだけど、一部始終を見れた。見れてしまった。映画版ってすごい。花火がまだちょっと続いていて、まるでフィナーレがかかったみたいだった。
でもまた終わりじゃない。どちらかと言うと、俺の本番はここからだ。
ドン、と花火がうち上がる音。そこに覆い被さるようにすさまじい轟音が降ってきた。でっかいドリルが色んなところに穴を開けまくってるような物騒な音。
ジンおにーさんが最後に観覧車の車軸を破壊しようと、鉄の雨を降らせているのだ。安室おにーさんが起爆装置を解除したとは言え、確か爆弾自体は車軸に残っていたはずだ。つまり、そこに銃弾が当たると爆発するわけで……。
観覧車のホイールが車軸から完全に外れて、グラグラと揺れながら落下する。直下に落ちるんじゃなくて、勢いをつけて少し離れたところに飛んでいった。
そのほんのちょっとついた勢いが機動力となって、観覧車を転がしたんだろう。今、まさに軋んだ音を立てて、100mの車輪が転がっていく。
映画だとこの後、転がる観覧車が水族館の建物に向かっていって、そこに避難している人々が危険にさらされる。たまたま訪れていた蘭ちゃんと園子ちゃんもそこにいて、更には少年探偵団が転がっている観覧車の中に取り残されていた。だから観覧車を傷付けずに急いで止める必要があった。
今回とは細々とした条件が違うのだ。
観覧車に乗りそうになってた子どもたちは無理やり帰したし、一般人たちも水族館の外に避難させた。一回チラ見えしたオスプレイと、地面が水びたし事件で公安の人たちも観覧車から離れている。一般人の避難の方に全力を注いでくれてるようで何よりだ。
だから、大丈夫。
さあて。

「にっげろーー!!」

作戦通り上手くいったので、観覧車に轢き潰される前に、通用口に駆け込む。
え、巨大観覧車と追いかけっこ?しませんよ?
神崎くんはこう見えて、慎重派なのです!!
大凶なんかに頼らなくても大丈夫だ。ある意味ジンおにーさんたちのおかげである。
噴水プールから溢れた水で辺りはびしゃびしゃになっている。そして銃弾でクレーン車ごとめきょめきょにされた地面。観覧車が転がるにはデコボコしすぎている。
転がり始めた観覧車はやがて水びたしの地面でスリップして――そのまま横倒しになった。
すっごい音を立てて、地面にぶつかる巨大観覧車。水しぶきがすごい。というか、すごい。
待って、待って思ったより水やばい。なんかちょっとした津波みたいになってない?で?観覧車に押し出された水が大きな波になって?

「ぎゃあああああ!やっぱりこっちきたあああああ!!」

えーーと、高台、高台。こういう時は高いとこ……あそこのハシゴまで間に合うか、これ?

神崎さん、掴まって!!」

あれ、コナンくんの声の幻聴が。
見上げてみると本物のコナンくんが居た。コナンくん!コナンくんだ!最近どう、元気?
え、なにそのベルト。片方の端は手すりに結んで、もう片方は俺に向かってポイして……あ、捕まれってそう言う。
投げ込まれたベルトの端を掴むと、しゅるしゅると俺の体が持ち上がる。ベルトの強度しゅごい……。
足元でどどどと流れていく津波。
あっ、靴取られた。スニーカー片方持ってかれた!靴泥棒!!

「コナンくん、さんきゅー。昨日晩御飯何食べた?」

神崎さんはもっと、ちゃんと反省した方がいいと思う」

「真顔?!」

もう少しでコナンくんのとこにたどり着く、ってとこでなんか手すりが不吉な音を立てた。

「あ」

「な……っ!神崎さん、手!!」

さっきの攻防で脆くなってたらしい。ぎしりと手すりが揺れて、もう少しで自分折れます、と主張してきた。
コナンくんが咄嗟に手を飛ばしてくる。頑張れば手は届きそうだが……。

「いや、でもそれコナンくんごと落ちない?」

「言ってる場合じゃねーだろ!」

「その通りだな」

コナンくん、お口また悪くなってる。って言おうとしたところで誰かがむんずと俺の手を掴んだ。
丁度よくバキッと折れて落ちていく手すり。見上げると元スコッチおにーさんが俺の手を掴んでた。呆れたような目で俺を見てる。
なんでだろう。この後、すっごく怒られそうな気が神崎くんするぞ!!
難なく引き上げられて、そのままべちっと軽く額をデコピンされた。
痛……くない!でも暴力反対!!

「本当に、あのまま落ちたらどうするつもりだったんだ」

「パルクールしたことあるからなんとかなるかなって」

「ならない」

「即答!!」

観覧車も止めたし、怖いおにーさんたちも帰ったし、これにて一件落着。……かな?


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