降り注げアングレカム (1/1)


ゴンドラが空から降ってきて、真っ暗だった観覧車内部に月明かりが差し込んできた。
あんまりな光景に私は呆然としてしまったのだけど、キュラソーも、先に居た男二人も対して驚かずに淡々と空を見上げている。

「ジンに気付かれたか……」

キュラソーが顔をしかめて呟く。まさかとは思うけれど、あのゴンドラ、私たちがさっきまで乗っていた物なんだろうか。ゴンドラごと引っ張り上げてキュラソーを助け出そうとしたところ、途中でキュラソーが居ないことに気付いて手放したとか……いや、まさか。そんなことをするにはよっぽど大きなクレーンが必要なはず。
そんな大きな物が空を飛ぶなんて信じられなくて、私は自分の妄想を打ち消した。
何故か一旦明かりが戻って、すぐにまた消えてしまったのだが、その間にコナンくんが上階から降りてきた。肩に誰かを担いで引きずるように連れてきている。どうしてこんなところに小さな少年が、と私はまた驚くけど、やはり驚いているのは私だけだった。

「コナンくん!?どうしてここに……!?」

「サクラお姉さん!?なんで……」

コナンくんは私の隣にキュラソーがいるのを見て、不思議そうに瞬きをした。それからそっか、と小声で呟いて何かに納得した様子だった。
コナンくんが肩に担いでいる人は風見さんだった。良かった、とこっそり思う。さっきの落下に巻き込まれていたらどうしようとちょっと不安だったのだけど、無事だったらしい。色々とあったけれど、悪い人ではないのはもう分かっている。
バーボンさんとスコッチさんがコナンくんのそばまで近付いて、風見さんを受け取っていた。どうやらバーボンさんは風見さんの知り合いみたいだ。
そしてその直後に明かりが再び消えて、観覧車全体を揺らすほどの衝撃が不意に襲ってきた。
フラフラになって立てずに居た私はキュラソーの方に倒れ込む。

「くっ、始まったか……!」

バーボンと呼ばれた傷だらけの男が空を見上げて舌打ちをした。
私を抱きとめてくれたキュラソーの表情も険しい。衝撃は断続的に続いていて、頭上からバラバラとコンクリートの破片が降ってきていた。
激しい豪雨みたいな音。次々と崩れていく観覧車。もしかして、これは掃射されている、と言うことなのだろうか。あまりにも非現実的な光景に動けずにいると、キュラソーが私を引っ張り上げてくれた。

「ここはしばらく大丈夫そうだけど、早く逃げた方がいい……立てる?」

「う、うん。立てる。けど……あ、あぶない!」

コナンくんが上空の様子を確認しようとして、危うく撃ち抜かれそうになっていた。どうやってかわからないけど、空から見られていて、射程範囲に入ると銃弾がすぐに飛んできてしまうようだ。
射程範囲に入らないように上手く隠れながら、バーボンさんが車軸を登っていく。電気がついた時に気付いたいのだけど、よく見ると車軸のあちこちにケーブルのようなものが巻き付いていた。それをバーボンさんは回収しているようだった。

「そっちは大丈夫か?」

それを見て、スコッチさんが誰かに電話をかけはじめた。片手にスマホを持ちながら、バーボンさんと協力してケーブルを回収している。器用そうな人だった。
スコッチさんは電話が繋がったことを確認するなり、スピーカーボタンを押す。

『ああ、無事だ……さっきのは君たちが?』

落ち着いた男の声が聞こえてきた。

「ああ。だがもう一度は出来ないぞ。急ごしらえだったし、オレはそっちの専門じゃないんだ……」

『そうか……移動はできたが、やはり視界が問題だな……』

「反撃の方法はないのか!?FBI!!」

大量のケーブルを片手で持ちながら、バーボンさんが滑り落ちてくる。こっちも器用そうな人だ。

『あるにはあるが……暗視スコープがさっきの掃射でおシャカになってしまってな……使えるのは、予備で持っていたこの通常のスコープのみ……これじゃ、ドデカイ鉄の闇夜の鳥は落とせんよ……』

「姿が見えれば落とせる?」

会話に入ってくるコナンくんに私は驚く。彼が関わるには危なすぎる。そう思うのに、誰もがコナンくんの存在を受け入れているみたいだった。信頼感すら見えて、この子はいったい何者なんだろうと思う。
……本当に、主人公なのかもしれない。

『ああ……ローターの結合を狙えば恐らく……』

「結合部なんて見えなかったよ?」

『正面を向き合っては無理だ……狙える位置までは今移動している。なんとかヤツの姿勢を崩し……なおかつローター周辺を五秒照らすことが出来れば……』

「照らすことは出来そうだけど……だいたいの形がわからないとローター周辺には……それに……」

掃射はまだ続いている。少しでも顔を出せば、撃ち抜かれる状態では反撃なんてできないだろう。

「だいたいの形が分かればいいなら、こいつを使えばなんとかなる。だが、何をするにせよ、この掃射をどうにかしないと、顔を出すのもままならないぞ。それに車軸にはまだ半分爆弾が残っている……」

バーボンさんが舌打ちしそうな表情で頭上を振り仰ぐ。スマホを一旦地面に置いたスコッチさんと一緒に、集めてきたケーブルを大きなスポーツバックのようなものに詰め込んでいる。

「……奴らの狙いは私……」

「キュラソー?」

私のそばに居たキュラソーが、一歩前に踏み出した。
決意が固まってしまったような表情を見て、嫌な予感を覚える。

「まさか、囮になるなんて言わないよね?」

「…………」

キュラソーは小さく微笑んだ。

「ダメ!ダメだよ!それじゃあ、キュラソーが……」

キュラソーを止めようとして手を伸ばしたところで、頭痛がした。頭の内側が割れそうなくらい痛い。側頭部から感じるズキズキとした痛み。
突然襲ってきた痛み、この感覚には覚えがあった。
元太くんを助けた時に、いつの間にか出来ていた擦り傷だ。たぶん、元太くんを助ける直前に転んだときの傷だった。
そして今回は――病院での出来事を思い出す。あの時、私が無事だったのは、銃弾が外れたからではない。
ああ。
私か、キュラソーか。選べる命は一つだけだと神様が言っているみたいだった。
この痛みはきっと警告だ。
だけど、ためらっている時間はなかった。

「キュラソー、私が行く」

「何を言ってるの!?」

「病院の時のこと、覚えてる?あの時、私に銃弾は当たらなかった」

「あれは……」

キュラソーがその時を思い出したかのように青ざめた。

「大丈夫だよ。私に銃弾は当たらない。だから、私が行くよ。あそこから、噴水プールの方に飛び込んで見る。私の髪の長さとキュラソーの髪の長さも同じくらい。それで、相手がキュラソーだって勘違いしてくれれば、その間は攻撃が集中するはず……」

「あれは……そんな、見間違いかもしれない出来事には賭けられないわ……私は、貴方さえ――」

「少し待て。悪い、一回こっちの通話切っていいか?あいつに――」

スコッチさんが何か言いかけた時だった。コール音が鳴った。私のポケットが震えている。
この世界に来てから一度も鳴らなかった私のスマホに電話がかかってきている。見てみると、知らない番号からだった。
でも、構わずに私は電話に出た。もしかしたら、と言う思いで震える指先が、通話ボタンを押した。

「……くん?」

『やっほー、元気?』

軽薄そうにケラケラと笑いながら言うくん。でも言葉の節々から自信を感じる。いつものくんだ。
私のヒーローだった人が、電話の向こうで軽快に笑っていた。


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