メルティー・レッド・ジンジャー・ティー (3/3)
解体まであと一歩、というところだった。灯りが消えた。
停電が起きているらしい。起爆装置の輪郭は見えるが、細かな配線の区別がつかなくなってしまった。目をすがめてなんとか見えないかと試してみるが、難しそうだ。
「くっ……もう少しで解除できると言うのに……肝心なところで視界を奪われた……」
「明かりがあれば良いんだな?」
それは、ひどく懐かしい声だった。
咄嗟に安室は背後を振り返った。
音もなく、細いライトが暗い観覧車内を照らす。スマホのライトだ。ライトを安室の手元に差し向けて、微笑んでいる男が立っていた。
「……ひ、ろ?」
「久しぶり、ゼロ」
変わらない、穏やかな様子で諸伏景光は笑った。
当然のように立っているから、幻でも見ているのかと安室は自分を疑う。だけどその幻は動きだして、安室の肩に触れた。
じんわりとした暖かさにその男が生身の人間であると知る。生きていたのだ。一体、どうして。いや、ヒロが生きていたということはつまり――。
「話は後だ。早くその爆弾を解除しよう」
何かがひらめきそうになったが、今は熟考している場合ではないと思い出す。
「あ、ああ……。――ふっ。任せてくれ」
肩越しにヒロが手元を照らしてくれているおかげで、この暗闇の中でも配線がよく見える。これなら大丈夫だろう。
焦らず慎重に。そして手早く。
元々失敗するつもりなどなかったが――今なら間違いなく成功するだろう。
背後から幼馴染が見守っている気配を感じながら、安室は小さく口元を緩めた。
元々そんなに手順は残っていなかった。
「よし!!これを切れば終わり……」
パチン、と音を立てて最後の配線が切られる。起爆装置につけられていた『STANDBY』の表示が一瞬消え、代わりに起動停止を示す文字が現れる。
成功だ。
その場に座り込んで、思わず深い吐息を吐き出す安室。そのまま背後を振り返って、幼馴染に解除終了を告げた。
「これで大丈夫だ。爆弾が起爆することはないだろう」
「――――」
ニッと笑ったヒロが静かに拳を突き出してくる。安室もまた拳を握って、そこにコンと手の甲をぶつけた。ハイタッチ代わりの合図に口元がほころぶ。
「帰ってきているなら、一言くらいくれても良かったんじゃないか?」
「ごめん、ちょっと色々あって。まあ……まだ、終わってはいないわけだけど……」
ヒロが上空を振り仰ぐ。真っ暗で見えないが、微かなローター音が聞こえてきた。ヤツらが来ているようだ。それに混じって、何か奇妙な音が聞こえてきた。
ヒロも奇妙な音に気付いたらしい。音の発生源を探してゆっくりと辺りを見回す。
「うん?なんだ、この音……何か、金属同士の摩擦音のような……」
「こっちに近付いてきているな……」
安室は素早く身を起こして、警戒を露わにする。しばらく静観していると、やはり音は安室たちの方に近付いてきた。それなりの勢いで何かが車軸を伝って滑り落ちてきているようだ。
滑り落ちてきているものが人型の影であることに気付いて、安室はなおさら警戒を強めた。ヒロがそちらにライトを向ける。銀色の髪がスマホライトに反射してキラリと輝き――そこに居たキュラソーがはっとした表情を見せた。
首元に見知らぬ少女が抱きついている。もしや、あの子が風見の言っていた『生き別れの妹』とやらだろうか。
キュラソーは警戒も露わに、安室たちから少し距離を置いたところに飛び降りた。片手に持った拳銃の銃口がこちらに向けられる。
「バーボン……それに、お前は…………まさか、スコッチ……?」
キュラソーはヒロを見て驚いた表情を見せた。
マズイ。
安室は顔をしかめる。ヒロが生きているとキュラソーに知られてしまった。その上で共にいるところを見られた。
動揺する安室だが、それに対してヒロは落ち着いていた。
「見て通りだ。君を追うつもりはない」
「……貴方、そう言えば……そういうこと」
キュラソーはまた怪しんでいる様子だったが、ひとまず警戒を解いたようだった。何かに納得して銃口を下ろす。首に抱きついていた少女がくらりと揺れて、地面に崩れ落ちた。
慌てた様子でキュラソーが少女の隣にしゃがみこんだ。
「ごめんね、大丈夫?」
「だ、だいじょう……ふ……」
怪我をしている様子はない。目を回しているだけのようだ。絶叫系の乗り物に乗った後のようにフラフラと顔を青ざめさせているが、まさか、この二人、観覧車のゴンドラから降ってきたのだろうか。
安室とヒロは顔を見合わせて、思わず上空を見上げる。組織が仕掛けてくるとしたら、ゴンドラがちょうど頂上付近に差し掛かったとき。停電が起き時にゴンドラがそこで停まっていたとしたら、地上100mのところからここに滑り落ちてきたことになる。
改めて、すさまじい身体能力だ。
「君が『千束委員長』だね」
ヒロが聞き慣れない名前を呼んだ。キュラソーがいぶかしげに顔をあげる。そのキュラソーに支えられている少女が、ひどく驚いた顔でヒロを見つめ返した。
「どうして、私の名前……」
「君のことを頼まれたんだ。神崎からね」
やっぱりお前か。安室はいっそ笑ってしまいそうになる。
あの野郎、ずっと全てを知った上で黙っていたのだろう。のうのうとポアロでただのアルバイト店員を装いながら。
赤井と一緒に、一発くらいあの男を殴っても許されるんじゃあないだろうか。
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