君が飲み干すフェンネルティー (1/2)
降谷から連絡が入ったのは夕暮れ時のことだ。今朝連絡を取って以来、一度も安否を確認できていなかったから、風間はあからさまに安堵した。
「良かった、ご無事でしたか……!」
『ターゲットは?』
無駄口一つなく本題に入るこの硬質さ。これでこそ降谷零と言う男だ。
「はい……指示通り確保しました……」
風見の返答を聞くなり、降谷はもう一度キュラソーを観覧車に乗せるように指示を出した。
「えっ、しかし……」
昼にキュラソーを連れて行った時は彼女の記憶を取り戻す作戦は失敗に終わった。彼女はひどい頭痛の発作に襲われ、気を失ったが、記憶を取り戻すまでは至らなかった。
あれほどの酷い苦しみようだったのに、目を覚ました後は元気そうだった。後遺症もない様子で、あの苦悶の様子はなんだったのかと風見は肩透かしを食らった気分だった。
降谷は、もう一度、夜に試すべきだと主張した。
『何か条件が足りなかったんだ……そろそろ昨晩の交通事故の時間に近づく。同じ時間帯でもう一度試したい。……不透明だが、今はこの方法に賭けるしかない。やってくれるな?』
「ええ……」
降谷の指示に従わないと言う選択肢はない。のべもなく頷く風見。しかし脳内にはあの少女の姿がよぎっている。
……できることなら、あまり負担をかけたくはないものだが。人間的な良心の部分が風見を少し憂鬱な気分にさせた。
「それより降谷さん、早く合流しましょう……」
キュラソーの様子を降谷が直に見れば、何かに気付くかもしれない。そんな期待を込めて風見は合流を勧めた。だが降谷はこのまま単独で東都水族館に向かうと言う。組織に狙われる、危険な立場であることには今も変わりがないらしい。
「あっ。それと、一つ追加で報告があります」
『?』
「キュラソーの生き別れの妹を名乗る少女を現在保護しています」
『……なんだって?』
「事実であるかは分かりません。ですが、キュラソーが入院中に遠隔から何者かに狙撃されました。幸いにも彼女は無事ですが……それに加えて、彼女は例の『参考人』の知り合いのようです」
『………………』
受話器の向こうで降谷が黙り込んだ。
また、あいつか……。
風見に聞かせるつもりはなかっただろう、小さな呟きが聞こえてくる。
「念の為、公安でも少女の素性を調査しているのですが、奇妙なことに彼女の情報が一切出てこないんです……以前、降谷さんが仰っていた『参考人』と状況が似ているので、お伝えしておこうと……」
『わかった。気に留めておく。だが、今はNOCリストの件を最優先に扱ってくれ』
終わる通話。スマートフォンをしまった風見は小さくため息を吐いた。気分を切り替えて、キュラソーを観覧車に連れて行くための指揮を取るが、病室に向かい始めると途端に足取りが重くなるのを感じた。
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