君が淹れたラベンダーティー (1/2)


窓ガラスが割れる音が聞こえた気がして、安室は顔をあげた。
――まさか、狙撃?
あの病院には今、キュラソーが居るはずだ。タイミング的に狙われたとすれば彼女の可能性が高い。
組織はキュラソーを取り戻そうとしていたはずだが、始末を試みたのだろうか。
状況の不可解さに安室は目を細めた。
もしこの状況でキュラソーが組織の始末対象になったとしたら、彼女が用済みになったと言うことだ。NOCリストがジンたちの手に渡ってしまった可能性が高い。
確かめなければ。
車のドアを開けて、一歩進んだところで安室は足を止めた。
ベルモットが目の前に立っていた。サングラスをかけて目立たないようにはしているが、間違いなくベルモットだ。もうここまで来たか、と安室は心中で舌打ちをする。だがこの感情はおくびにも出してはならない。

「バーボン、なぜ貴方がここに?」

ベルモットの問いかけ。
安室は驚きの表情をすぐに消して、うっすらと口元に微笑みを浮かべた。

「もちろんあの人を連れ戻すためです……」

「ふっ……てっきり記憶が戻る前に……あの人の口をふさぎに来たのかと……」

冗談めいた軽さで言うベルモットだが、怪しんでいるのは気配で分かった。だが確信的な口調ではない。安室を揺さぶって、真実を引き出そうとしているようだった。
どうやらキュラソーが組織に送った情報は不完全なものだったらしい。幸いなことに、組織は『バーボン』の正体に半信半疑はんしんはんぎの様子だ。ならばまだ、勝機しょうきはある。すぐに殺されることはないだろう。
逃走する気ははなからなかったが、逃げ場はないようだった。ベルモットの右手にかけられた黒い上着。その下にサイレンサーつきの銃口が潜んでいる。安室だけに見える角度で、ベルモットは銃口をちらつかせた。撃たれたくなければ大人しくついてこい、と言うことだ。

「それが組織の命令だと言うのなら仕方ありませんね……」

安室はあえて軽々しい態度で肩をすくめた。ここで逃げ出せば、組織は安室透をNOCだと認識するだろう。それはそのまま、安室の命の危機のみならず、潜入任務の失敗を意味する。

――ここに来るまでに払われた犠牲を考えれば、それは当然許されないことだった。


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