幕間V (1/1)
医務室から公安が出てきそうな気配を感じて、ベルモットは身を翻した。誰にも不審感を抱かさずに、自然な動きでその場から離れる。
十分に距離を取ってから、ジンに繋がっているインカムに声を囁きこむ。端的にキュラソーの居場所が分かったこと、しかし記憶を失っていることを伝える。彼女が観覧車で発作を起こしたことを伝えると、ジンは何かが引っかかったような反応を返した。
「公安はこれから彼女をもう一回観覧車に連れて行くみたいよ……」
『公安か……妙に動きが早ぇな……』
「…………」
ベルモットはどう答えるべきか少し考えた。
あの小さな名探偵が手を回したのは間違いない。だがそれをジンに伝える気はなかった。
それに、名探偵がキュラソーの正体に気付けたのはもう一人の少女のおかげだ。そしてその裏には、更にもう一人関わっている。その男を庇う義理は特にないのだが、一応は借りがある相手だ。
神崎折。
詳しいことは分からない。
だが、ベルモットはあの男に恐らく、二度命を救われている。
出会った時はすっとぼけていたが、どうにも最初からベルモットが組織の一員だと知っていた様子だった。
そのまま黙っていれば良かったはずなのに、ベルモットが裏切り者だと怪しまれていると知るなり、凄まじい勢いで首を突っ込んできた。捨て身のタックルのような勢いにベルモットは唖然としてしまって、未だにどんな感情を抱けば良いのか判断がついていない。
彼の言動を振り返ると善意しか見つからないのだが、行き過ぎた善意は人を戸惑わせる。
何か裏があるんではないかと何度も考えるのだが、どう考えたって彼があの日引き受けたリスクに得はない。下心すらも感じられなくて、尚更ベルモットはどう考えたら良いのかわからなくなった。
彼を破滅させることができる秘密があまりにも無防備に転がり込んできてしまって、正直持て余してしまっていた。
「……一つ、念の為伝えておくわね。狂言だとは思うのだけど……彼女の生き別れの姉妹を名乗る子が居たわ」
しばらく迷ってから、ベルモットは結局最低限の情報だけをジンに渡すことに決めた。
『ああん?』
「彼女を連れて行くなって公安に食って掛かってたわ」
『フン……惚れたか?馬鹿な男も居たもんだな』
ジンの誤解をベルモットはあえて解かなかった。
「さあね。その子が言ったことが真実かどうかは、すぐに分かるわ……記憶さえ戻ればね……」
『面倒になりそうなら始末するだけだ……キャンティとコルンも向かわせる。オマエは引き続き監視を続けろ』
「了解」
ジンとの通話を切ったベルモットは静かにキュラソーの監視に戻っていった。
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