笑うコルチカム (2/2)
コナンくんと哀ちゃんは器用に待機列のてっぺんまで登ってきた。小柄さを生かしてスルスルと人の波をかき分け、あっという間に合流してくる。
合流した後に、コナンくんは呆れと安堵が入り混じった顔で元太くんをお説教していた。コナンくんの後ろで哀ちゃんも腕を組んで、うんうんとコナンくんの言葉に頷いている。
なるほど、本当にしっかりしている。
元太くんはしばらくへこんでいた様子だったけれど、観覧車に乗る頃には子どもらしい切り替えの早さですぐにはしゃぎまわっていた。あゆみちゃんと光彦くんと一緒に、ゴンドラの窓にへばりついて目を輝かせている様子は微笑ましい。阿笠さんも一緒になって嬉しそうにはしゃいでいる。少し離れたところで見守っているコナンくんと哀ちゃんの方が保護者みたいな立ち位置になっているのがちょっとおかしかった。
……なるほど、本当に、しっかりしている二人だ。
そんなしっかりしている子どものうちの片方である、コナンくんがふと思い出したような顔を上げた。
「ねえ、キュラソーお姉さん。これ、さっきのスタッフさんからキュラソーお姉さんに渡してくれって」
コナンくんがポケットから小さなキーホルダーを取り出した。イルカのキーホルダー。あのダーツゲームの景品だ。だけど、あの時見たイルカたちと違って、色が塗られていない。
「試作品が残ってたから、よかったら貰ってくれって言ってたよ。あと、着色がまだだから好きな色を塗って楽しんでね、って」
「本当に……?ありがとう……」
キュラソーが壊れ物に触れるかのようにそっと受け取った。なんだか慣れていなさそうな手付きがおかしくって、くすくすと笑ってしまう。そんな私をコナンくんが不思議そうに見上げた。
「コナンくん、どうかしたの?」
何か訪ねたそうだったから、しゃがみこんで目線を合わせる。コナンくんは何か興味深そうに私の顔をまじまじと見つめてから、こてんと首を傾けた。
「サクラお姉さんのこと、ちょっと不思議だなぁって思って」
「不思議?」
「うん。どうして、キュラソーお姉さんの名前を知ってたんだろう、って。知り合いじゃないんだよね?」
私はついキュラソーの方を見てしまった。キュラソーも私を見ている。そういうつもりではなかったのだけど、二人で顔を見合わせるみたいになってしまった。
キュラソーの視線はどこまでも透き通っていた。一方的に名前を知っている人に対する、不信感とか、気味の悪さとか、そういうのは一切なくて、ただ純粋な疑問だけがある。
「それは……直接、会ったことはなかったから……。ただ、話は良く聞いていて……」
「誰に?」
コナンくんの問いかけは少しだけ鋭かった。前のめりになって、続きを求めてくる。私は、どう説明したものか迷いながらも、訥々と話した。
「知り合いに、聞いたの。幼馴染みたいな人なんだけど……」
「じゃあ、その人に聞けば、キュラソーお姉さんのことも分かるってことだよね」
「ううん、無理だよ」
つい、突き放すように言ってしまった。子ども相手に大人気ない。自己嫌悪が私を襲う。だけど、そうしなければ声が震えてしまいそうだった。
「だって、彼は……」
「…………」
コナンくんは驚いたりせずに、ただ不思議そうに私を見つめていた。
「あ、ご、ごめんね。急に。変だよね。変だったよね……」
「ねえ。その知り合いって、もしかして…」
コナンくんが何か言いかけた時だった。
「あーー!!さっきのイルカさんだ!お姉さんの分もある!」
「コナン、これどうしたんだよ!」
キュラソーの手に握られたイルカに気付いて、あゆみちゃんたちが近付いてきた。嬉しそうにどうやってイルカを手に入れたのかコナンくんに詰め寄っている。
コナンくんはあゆみちゃんたちのあまりの勢いにたじたじになっている様子だった。微笑ましい光景にキュラソーが口元を緩ませて笑う。じっと静かに見守っていた哀ちゃんも、ゆるくため息を吐いて緊張を解いたようだった。
哀ちゃんは人見知りするようで、私とキュラソーを警戒しているみたいだった。大人びている雰囲気の子だけど、そういうところは子どもらしさがあって微笑ましい。
ふぅ、と私も安堵の息を吐いた。胸に片手を当てて、なでおろす。するとキュラソーの手がそっと、そこに重なってきた。え、と視線を向けると、あの透明な視線でキュラソーがこちらを見ている。
「I WEEP FOR YOU……」
「え……?」
「紫のバーベナの花言葉よ……」
言われてみて、気付く。
そう言えば花束を無くしてしまった。
元太くんを助けた時に、落としてしまったのだろうか。急に両手が寂しく感じて、落ち着かなくなる。気を抜けば指先が震えてしまいそうだった。
「私は、貴方のことはきっと良くは知らない。今は、自分自身のことさえも。でも、見ていれば分かるわ。貴方に、後悔の色は似合わない……」
「キュラソー……ううん、私は……わたし、は……」
後悔。
後悔だけが私の背中を押す。そうでなければ、二度と歩き出せない気がした。
だからずっと、バーベナを縋るように握りしめていた。
今度はもう、躊躇わないと決めたのだ。その代償が、どんなものだとしても、ただ後悔しないためだけに動くと誓った。
「あのね、さっきの知り合いの話、なんだけど……」
そう言いかけたところで、私は息を呑んだ。
キュラソーが頭を抱えて急にうずくまってしまったのだ。苦しそうな声をあげながら、地面に崩れ落ちる。その尋常ではない様子に私ははっとした。
キュラソーの肩を掴んで、抱きしめるように支える。
「お願い!ダメ!お願いよ……お願い、死なないで!!」
必死に何かを叫んでいた気がするけど、よく覚えていない。
ガラス窓の外で、五本の光が空に伸びている。ゴンドラの中もうっすらと五色に染めながら揺れる光が何故か印象に残った。
ゴンドラがちょうどてっぺんに差し掛かったところでの出来事だった。
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