きみをぼくが殺すという覚悟 (4/7)



沈黙が落ちる。
受話器越しのジンも状況を察して黙り込む。
銃口が揺れ、安室の体が強ばる。
男は撃たなかった。
壁によりかかっていた身を起こし、ただへらりと笑う。

「俺がおにーさんに会いに来た理由は自分の冤罪を晴らすため……っていう推理かな?」

「どうですか?そこそこの自信はありますが……」

男には犯人が追い詰められた時のあの焦燥感がない。冤罪が晴らされようとしている安堵すらもない。
それは男の思惑通り安室が真実を紐解いたからか、それとも何か重大な見落としがあるからなのか。

「それとも、巻き込まれたベルモットに同情でもしましたか?」

「俺、そんなやさしい奴に見える?」

「ちっとも」

「ひどいなぁ」

この男はベルモットの顔見知りなのだろうか。あまりにも早すぎる男の対応に安室はいぶかしむ。
ベルモットに裏切りの疑惑がかかった当日に男は安室の前に現れた。この数年間、組織の組員を監視できる立場に居た人物などそうそう心当たりはないが――。
平静を保つ男の様子からは真意というものが読み取れなかった。

『そこに、奴がいるんだな……?』

「ええ。僕の目の前に。こちらに銃を突きつけて」

「逃げさえしなきゃ撃たないよ。おにーさんも、そして――」

無言で男は喫茶店ポアロに視線を流した。
黙りこむ安室。
男が目的のためには手段を選ばないことを、安室はよく知っている。

「俺がいること、黙っててくれると思ったのになァ」

「貴方がここに現れたことこそが、重要な証拠ですから」

「いいね、その証拠って言葉。じゃあ、続けてくれよ名探偵」

静かながらも挑発的に男は言い放った。
そして長らく待ちわびたその問いを口にする。

「真犯人は誰なんだ?」

電話口の向こうでジンがみじろぐ気配があった。
知らずのうちに安室の喉で唾を飲み込む音が唸った。
男はただ何かを見届けるようにそこで立っている。

「犯人は――」

安室の声はカラカラに乾いていた。
間違いはない。
この推理に間違いはないはずだ。
しかし、一つだけわからないことが残っている。埋まるはずのピースを一つ落としてしまったかのような。完成間際の絵に1ピース分の欠落があるかのような居心地の悪さがそこにはあった。
それでも問われたからには、安室に答えないという選択肢はなかった。

「犯人は、パッソアです」

「へぇ、そうなんだ?」

「貴方が犯人でないとしたら、パッソア以外の答えはありえません。カーディナルが殺されたあの日、カーディナルがあのホテルに居たことを知りえた者は五人。そうですね、ジン?」

『あの日はパッソアが奪ったデータをカーディナルが受けとる手筈になっていた。監視兼補助の俺とウォッカを入れて四人。ボスも入れりゃあ五人になる。そこのイカれ野郎を入れれば六人だがな……』

「そして現場からなくなったものはカーディナル殺害に使われた拳銃、灰皿、データ入りのusb、そしてカーディナルのスマートフォンの四つです。拳銃、usb、スマートフォンは未だ行方不明。灰皿はベルモットが所持しているようですね」

「灰皿だけ別のとこにあったんだ?」

「それはわかりません。ベルモットの話では灰皿は川辺で見つかったそうですから……。川底を漁れば他の証拠品も出てくるかもしれませんけどね……」

曖昧に言葉を濁しつつも、証拠品がすべて川底に沈んでいることを確信しているような口調だった。

「パッソアの報告では、パッソアが川辺で発見した灰皿をベルモットが奪ったとのことでした。しかし、ベルモットはホテルからなくなった灰皿の存在を知り得ない……」

『奴の味方でもない限りな。だが、ベルモットらしくねぇしくじりかただ』

「ええ。それに、この男と知り合いだったとしても、その灰皿が凶器として使われたものであると断定できるとは思えません。見たこともないものを意図的に奪うことなど不可能でしょう」

「あはは、俺には灰皿を持っていく動機がないんだっけ?じゃあ、そのベルモットおねーさんとやらが俺の知り合いでも証拠品は見たことがない、ってことだ」

「灰皿を持っていったのが貴方でないならば、他の五人のうちの誰かということになる。それが可能だったのは――」

『パッソアだな………』

「ジンとウォッカは昏倒させられていたので除きます。被害者であるカーディナル自身も除外」

「あんたらのボスって可能性は?」

『この期に及んでふざけてんのかテメェ…………』

「おー、怖い怖い」

静かな夜だ。
ジンと男の声は互いの耳にしっかりと届いているようだった。
電話口で唸るジンに向けて、男は軽薄に肩を竦めた。大仰な仕草の割には安室に突きつけられた銃口は揺らがない。

「その場合は僕にはお手上げですね。まあ、ジンが貴方を知らない時点で、その可能性はほとんどないとは思いますが……」

『パッソアが持っていったってんなら、話は逆だな……。あの時、ベルモットはやけにあっさりと凶器を持っていることを認めた……。フン、奴のことだから演技でもしているのかと思っていたが……』

「ええ、ベルモットが偶然拾ってしまった証拠品をパッソアが奪おうとしたのでしょう。ですが抵抗にあい、失敗。咄嗟にすべての罪をベルモットになすりつけようとした……」

「でも、パッソアってやつは何で灰皿を持ってったんだ?銀髪のおにーさんを殺ったのは俺だぜ?」

「当然、犯人にとって都合が悪かったからですよ」

『ああ…………あいつは愛煙家だったな…………』

「ええ。それに対して、あの部屋に待機していたカーディナルは煙草を好みません」

「灰皿はあの部屋に真犯人さんとやらが居た証拠ってこと。ん?でも、居ていいんじゃねぇの?USB届けに来たんだから」


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