きみをぼくが殺すという覚悟 (3/7)
「事件直後、貴方は額に傷を追っていた」
『ふん……確かに奴は俺をぶん殴ったぜ……あの灰皿でな…………。だが、あれは確かにあの部屋にあったものだ』
「だからおかしいんです。あの灰皿は元からあの部屋にあったのではなく、隣の部屋から運び込まれたものです。そして貴方を昏倒させるために使われてから、灰皿の存在自体を誰かが隠蔽しようとした……」
『その口調じゃあ隠蔽したのはあのイカレ野郎じゃなさそうだな』
「貴方を殴った男には灰皿を持っていく動機がありません。そもそも犯行を隠そうとすらしていませんから。ジンの血が付着した物品に興味があったのなら別ですが……」
『気色悪い言い方をするんじゃねぇ。……もし奴が組織に打撃を与えるつもりだったなら俺の血液を調べただろうな』
「しかしライ――赤井秀一の言い分を信じるなら、カーディナルを殺した男の目的は僕と接触することにあった。ジンには興味がありません。それに組織に打撃を与えたいのならば、カーディナルと共に貴方も殺してしまうのが一番早い……」
『ふん……俺を殺さなかったのはバーボンを引きずり出すため。お前と赤井の推理だったな』
「ええ。ですからあの男にとって、自分に繋がるような証拠品は残しておいた方がむしろ都合がいい。灰皿を回収したのは別の人間でしょう。おかげで僕たちは大きな勘違いをしてしまった」
『勘違いだと……?』
「はい。カーディナルを殺した犯人はあのイカれた男ではありません」
これでいいだろう。
安室は数年越しに明らかになった真実を言葉に載せ、ジンに告げる。
睨み付けた先の男の笑みが深まったように見えた。
そうだ、カーディナルを殺したのはこの男ではない。そうでなければ、あまりにも多くのことに説明がつかない。
しかし、だからと言って人畜無害な人物と言うわけでもない。
この男はジンすらも利用し、バーボンを誘きだし。そしてスコッチを死に至らしめておきながら悪びれもせずに、こうしてまた安室を銃口で脅しつけている。
どちらにせよ、イカれた男だ。
真実を解き明かしたところで最早どうにもならないというのに。
『バーボン……奴が死体の前で拳銃を握っているところを俺はこの目で見ている……』
「疑うべきは状況の不自然さです……。組織に顔も名前も知られておらず、殺されたカーディナルとも何の繋がりがない男が重要な任務直後に組織の隠れ拠点に現れる……本当にそんなことが可能だとでも?」
『……ふん。よほど巧妙な奴でもなけりゃあ無理だろうな……。組織以上の――』
何かに気付いたようにジンは言葉を止めた。
『そうか。お前を引きずり出したいだけならいくらでも方法はある……公にされていないはずの拠点を暴けるほどこちらの情報に詳しいやつなら特にな……。奴がわざわざカーディナルを殺す動機はどこにもねぇ……』
「ですから、はじめはスリルのためだけに組織に喧嘩を売ったのかと思いましたが……。それならライに焼かれた程度で身を引くはずがありません。組織の苛烈さにそこで始めて臆したとしたら、今度は拠点を知っていたことに説明がつかなくなる……」
『焼け死んだと見せかけて姿をくらませたのはそうした方が都合がよかったからか……』
「あの男の正体についてはまだ確証はありませんが、少なくとも組織に関わるつもりなどなかったのでしょう。それを強引に関わらせた何者かこそが、カーディナルを殺し、自分が居た痕跡である灰皿を回収した犯人です」
『…………そうか』
「ええ。だから『バーボン』だったのでしょう……。 順番が逆なんです。僕を引きずり出すためにカーディナルを殺したのではなく。カーディナルを殺した疑いがかかったからこそバーボンを必要とした……」
確かな証拠はまだそろっていない。
そんな状況で推理をはじめるのは安室にとって好ましいことではない。
今安室に銃口を突きつけている男がそれを理解した上でこうしているのだとしたら、やはり見た目通りに悪魔のような男である。
どこかで誤った推理でもしているのではないだろうか。そのような不安に襲われそうな程、男はただ静かに安室の推理に耳を傾けていた。
緊張に安室の喉が乾く。次の言葉を口にした途端、撃たれはしないだろうか。
一挙一動を見逃さないように安室は黒帽の男を睨み付けた。
「そして灰皿の存在が再び明るみに出たことで、貴方は僕の元にまた現れた……」
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