彼が居た痕跡 (1/1)



阿笠博士が運転する車の中で小さな名探偵は首をひねった。

「あれ………」

「コナン君、どうしたんですか?」

「ああ、いや。提無津川の近くで昨日、事件があったみたいでさ」

コナンが見やすいようにスマホ画面を傾ければ、隣に座っていた光彦も首をのばした。

「あ、凧揚げ大会の看板が出てますよ!」

「大会会場のすぐ傍で起きたみたいだ」

昨夜未明、身元不明の男が血まみれで道路に倒れているところを近隣住民が発見。病院に緊急搬送されたものの、意識不明の状態が続いている。
たった数行の記事は今日付けのものだ。

「これ、水たまりか……?」

画質の荒い画像を拡大しながらもう一度小さな名探偵は首をひねった。去っていく救急車を撮影した白黒写真の手前には点々と色がにじんだ道路が見えた。さらに奥には生々しい血だまりがある。
遠景には『第八回 提無津川凧揚げ大会』と書かれたアーチがしっかりと映っていた。
こんな見通しのいい場所で事件に遭うとはどれほど不運な男なのだろうか。それとも何か裏でもあるのだろうか。
少年の中の探偵としての好奇心がくすぐられる。
大会会場に到着したら、ひとまず現場を確認してみよう――

しかし名探偵の決意は空振りしてしまうことになる。
手無津川近くで起きた事件は当日のうちにただのひき逃げ事件として処理されてしまい、現場の形跡すら残っていなかった。


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