大凶ヒーロー、誘拐犯になる (1/2)

ビルのいいところって知ってるかい？
非常口があるところだね！

「でも窓から出ちゃう」

そんなわかりやすいところから出たら狙い撃ちされるわ。
お行儀よく窓を開けてビルの外へ出る。
弾丸が飛んできた方角は避けた。狙い撃ちされるからね。

「待て！」

背後からスコッチ君の焦った声が聞こえてくる。
足音は一人分じゃない。ライとバーボンも追いかけてきているらしい。お前らはとりあえず諦めてくれよ。

「よっこらせ、と」

ビルの外に出たはいいが、さてどうしよう。
徒歩では逃げ切れる気がしないので盗んだバイクで走り出すしかないようだ。スコッチ君と一緒に。
窓を乗り越え、ビルの外の地面を踏みしめ、顔をあげたら視線がぶつかった。
え、誰？
車から出る寸前の体勢でこっちを見ている謎の男。黒ずくめだが見たことのない奴だ。
窓から急に出てきた俺に驚いて固まっている。

「ヘイタキシードライバー、両手を挙げな！」

誰でもいいけどラッキーチャンスだ。
銃口を突きつけながら車の方に向かう。
新手が増えている点は通常運転のアンラッキーだが、ちょうどいい時に来てくれた。
見た感じ車のキーも刺さったままじゃないですか、ヤダー。アッシー君が車に乗ってやってくれちゃいましたよ。
車の持ち主はいらないけどな。
一気に距離を詰めて、男に向けて銃を振りかぶる。
持ち手の先端ひっつかんで～。遠心力でぶん殴る！！ウッホホーイ！
引き金の引き方？ワカリマセンナァ。
ぶったたくと同時にパァンと銃口から音が鳴った。

「え」

あれ、引き金引いてないよな？
撃ってないよな？殺ってないよな……！？
ドライバーシートの隣に崩れ落ちた体をちらっと確認する。
血は流れていなかった。
だ、大丈夫。
セーフ。生きてる生きてる。俺は何も殺ってねぇ！
思わず安堵の息を吐く。
すーはー…………この車、煙草くせぇ。
刺さりっぱなしのキーを回してみればエンジンもちゃんとかかる。
準備は完了。後はスコッチ君とずらかるだけだ。
サイドミラーで確認すれば、スコッチはちょうど窓から降りたところだった。

「鬼さんこちら、ってな」

奪い取ったスマホを指先でつまんで見せてやれば、ハッとした顔でスコッチが駆け寄ってくる。
俺を睨み付けるような険しい表情をしているものの、憎しみよりは焦りと疲労が色濃く表れていた。ずっとライに追われていたのかも。なんてひどい奴なんだ、ライ。
これは、スコッチ君にそろそろ一休みさせてやるべきだろう。
俺はもう一度拳銃でぶったたく用意をした。しようとした。だが考え直した。
さっきこの車の持ち主をぶったたいた時銃口から発砲音が鳴った。いわゆる暴発というやつだろうか。
この銃でこの俺がもう一度人間の頭をひっぱたくのはリスクが高い予感がする。今度はスコッチの頭をぶち抜かないとも限らない。
ひとまず足元に拳銃を捨てて、車内にあったごついクリスタル製の灰皿を握りしめた。
あれ、この灰皿は俺がジンニキを落とすのに使った奴では。うっすらと血がついている。ジン兄貴の血だ。レアじゃね？
……ってか、これ持ってたらやばくね？

「はぁ……はぁ……お前、何のつもりだ……？」

「そりゃこっちの台詞だけど」

息を切らせながら車内に飛び込んできたスコッチ。
思わずアクセルを踏んでそのまま車を発進させてしまった。加速しきる前に慌てて開けっ放しだったドアを閉める。
うわっ、今キュインって言った。弾丸的な何かがドアに当たった音がした。とっととずらかろうとアクセルを踏む。
スコッチならてっきりスマホを取り戻そうと俺に掴みかかってくると思ったんだが。予想に反して助手席のドアから車に乗り込んできた奴の横顔を見る。スマホは万が一にでも取り返されないようにドアのサイドポケットに放り込み、右手だけでハンドルを握った。
左手は灰皿を握ったままだ。
ええと、テロリストに射撃される可能性がある場合はジグザグに逃げるんだっけ？
車の場合も蛇行運転した方がいいのかな。
微妙に左右にぶれながら車をしばらく走らせてみる。
最後に一度だけサイドミラーを確認すれば、車を追いかけようとするバーボンをライが抑え込んでいるのが見えた。遠ざかるバーボンの手には確かに拳銃が握られている。撃ったのお前かよ。結局ライは銃奪われたのかよ。
さて、ここからどうしようかな。どうすればいいかな。
隣で息を整えているスコッチに声をかける。

「シートベルトつけねぇの？」

「……交通事故よりも怖いものがある。それはお前もそうだろう？」

「ごもっとも」

かく言う俺もシートベルトは着用していない。
組織の奴らに追いつかれて爆破でもされたら怖いからだ。今のところ追跡されている気配はないがいつ来るかもわからない。
適当なところでこの車も乗り捨てるべきだろう。バーボンの拳銃も指紋ふき取って捨てとこ。
発想が犯罪者染みていてへこむが仕方ない。追われてるんだから。

「……それで、何のつもりなんだ」

スコッチがもう一度俺に聞いてきた。
何のつもりってどれについてだ。人質にしたことか、スマホを奪ったことか、車で逃走したことか。
全部か？
全部だろうな。