大凶ヒーロー、悪の道に踏み入る (2/2)
「見えないな」
ぽつりとこぼしたライにバーボンが目を瞬かせる。
同じく首をかしげる俺を真正面に見据えながら、ライは言った。
「君の目的が見えない。何故バーボンを殺さずにスコッチを人質に取った?」
「……………………」
そうすればバーボンもライも止まると思ったからです。
って素直に言えたらいいのになぁ!
殺人犯(推定冤罪)にそんなこと言われても何言ってんだって俺でも思うぜ。しかも現状、俺はただの殺人鬼じゃない。相当酔狂なサイコキラーだ。
「人質にする利でも伝えたのか?」
バーボンに向けてライは訪ねる。
はっとバーボンの顔色が変わる。
「…………なるほど」
バーボン君の察しがよすぎて困る。
ごめん、俺だけついていけてない。あ、スコッチ君もわかんない?そうかそうか、仲間だな。
「今更、発言の撤回は無意味でしょうね……」
スコッチが息を飲む気配がした。
あれ、やっぱりついていってないの俺だけ?
身動ぎをしたスコッチが思わずと言ったように叫んだ。
「よせ、バーボン!!」
「…………すみません」
それは誰に向けた言葉だったのか。
「銃を渡してくれませんか、ライ」
「君に、か」
「ええ。せめて僕にやらせてください」
俺の挙動を監視しながらゆっくりとバーボンが動く。
にじり寄るようにライに近付きながらも、俺からは目を離さない。
「…………スコッチに裏切られて、最も打ちのめされているのは僕ですから」
「こいつがここで俺に殺られちゃってもいいって?」
「撃ちたいなら撃てばいい。その男に人質の価値はありません」
おい、目が撃ったら殺すって書いてあるぞ。憎しみを堪えて、とか言うレベルじゃなく完全に撃ったら殺すって伝わってきてるぞ。
ライから見えないからって目線で好き勝手言いやがって。
これ素直にスコッチ殺っちゃたらバーボンの復讐編が始まっちゃうやつ。
「ライ、銃を貸してください」
「まあ待て。結論を出すにはまだ――」
「貸せと言っているんだ!!」
「いいから聞け。思っていたよりもこの状況はシンプルかもしれん」
スコッチの側頭部に銃口を押し付けている俺。そんな俺たちをまとめて撃とうとしているライ。
更にそのライににじり寄り、銃を奪おうとしているバーボン。
誰が敵で誰が味方かよくわからない図になっている。
見かけだけなら組織の一員であるライとバーボンが味方同士、その二人に狙われているスコッチとよくわからない闖入者の俺か。俺の場違い感がすごい。
こんなカオス極まりないこの状況でも、ライは落ち着いていた。
さっきまでスコッチを見捨てられない様子を見せていたバーボンが自分から銃を取り上げようとしていても、だ。
……もしかして、気付いた?
「シンプル?そうですね結論はシンプルだ。スコッチはノックで、僕は身の潔白を示すためにスコッチを殺さなければいけない。組織の中で一番仲がよかったのは僕だったからだ!ここで僕がやらなければ次に殺されるのは僕だ!」
対して激昂した様子で熱弁を振るうバーボン。主演男優賞をあげたいくらいの名演技だ。うっかり本当に錯乱しかけていると信じてしまいそうになる。
スコッチを睨んでいると見せかけて俺を睨み付けているそのアイスブルーの目さえなければな。
俺を睨む目が明らかにライを撃てと言っている。
もうそんなに仲悪いのかよ、なんて言ってる暇はないな。いや、撃てねぇよ!!
だがそういうことか、とようやく察する。
どうにもバーボン――公安からのスパイである降谷零は組織を裏切ることに決めたらしい。
バーボンをスコッチの元に行かせまいとしたせいで妙な勘違いをされてるみたいだ。俺がバーボン君に用があると思われてるっぽい。
スコッチを取り戻せる可能性に賭けて、俺のためにライを排除しようとしてくれているのだろう。
バレバレの嘘でバーボンが気を引いている間に俺がライを撃つ――って撃たねぇよ!撃てねぇよ!
むしろスコッチを逃がすためにライは必要だよ!ああああ、伝えたいこの気持ち!でも伝わる気がしない!
いや、でもやる前から諦めるのはどうだろう。本心を伝えるだけだ、難しいことはない。
誰も殺す気はありません。むしろスコッチさんは逃がしてください。なんなら協力しまーす。
あ、嘘くさい!敵が主人公に追い詰められて急にしおらしくなったみたいに嘘くさい!
ああ、でもやってみるしかないか!
信じてもらえなくたって俺が傷つくだけで害はない……!
俺が口を開こうとするのを見て、ライが被せるように言葉を放った。
「いいから落ち着くんだ、俺が言いたいのは狩るべき獲物を――」
背筋が総毛立った。
原作のあの名台詞を生で聞ける予感に、ではない。
冷静な赤井さんくそかっけぇとは思ったがそうじゃない。
バーボンとライがはっとしたような顔をしている。スコッチの額辺りに視線がいっているような気がした。
深く考えてる暇はなかった。
危機感に任せてスコッチごと地面に転がる。
耳元を何かがかする。小さくて、熱い鉄塊のような何か。
――狙撃って、そういえば二人組でやるんだっけ?
漫画に描かれた男女二人組のスナイパーを思い出して咄嗟にごろごろ転がる。
恥とか体面なんざくそくらえだ。
やはりもう一発、俺の後を追うように廃ビルの地面に弾丸が突き刺さった。
「キャンティとコルンか……!」
同じスナイパー同士だとわかるものがあるんだろうか。
ライはただちにある方角を見つめた。
その声にはやや焦りが含まれている。
そりゃそうだ。
これじゃあスコッチを逃がせない。くそやろう、これも俺の引いた大凶のせいか!?
ってかスナイプ怖ええええええ!
ライとバーボンがはっとしてくれなかったら気付かなかったよ!
射程外に逃れてから窓枠の向こうを睨む。
「お早い到着で……もうちょっと遅れてくると思ったんだがな」
原作でライとスコッチがやりあっていた時間はかなり短かったんだな。こんなに早くコードネーム持ちの新手が来るとは。
息をつく暇もなくスコッチが緩んだ俺の両腕から逃げ出そうとした。
俺知ってる、これ捕まえようとすると投げ飛ばされる奴だろ?逃げ出そうとしている癖に俺の右腕を抱き込もうとしている辺り、捕まえようとしなくても投げ飛ばされる奴っぽい。
足が宙に浮く感覚。
このままただで投げ飛ばされると非常にまずい気がした。スコッチの胸元に手を伸ばす。
しがみつくためじゃない。下手に抵抗すると梃子の原理的に腕がポッキリいきそうだ。
しがみつく代わりに、胸ポケットから少しだけ覗いている黒いそいつを失敬する。
直後に視界が回転した。
ふわりと宙に全身が浮いてすぐ、背中がしたたかに地面に打ち付けられる。
受け身?なにそれ美味しいの?
転がされてすぐ立ち上がったが、足元がふらついた。かなりくらくらする。まじで痛いけどとっとと起き上がらなきゃ。
なんとか失敬したスマホだけはスコッチに示して見せる。公安のばれた方のスパイが顔色を変えた。
「なっ…………いつの間に!」
「今だよ、スコッチ君。さ、欲しいならついてきなよ」
「待て!」
三十六計逃げるに敷かず。
ここはもう退散しよう。いくら我らがライ先生と言えども、コルンとキャンティに見られながらスコッチを逃がすことは不可能だろう。
どうやって逃げるのか、って?それは走りながら考えるさ!
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