大凶ヒーロー、悪の道に踏み入る (1/2)
「何でこんなところに……!」
それはこっちの台詞だよスコッチ君。
なんでこんなとこに来ちゃったの。ビルの屋上で長髪のスナイパーに追い詰められてるはずじゃ。
と、ふと思い付いて辺りを見回してみる。
屋上まで伸びる非常階段が窓の向こうに見える。どうにも見覚えのある螺旋構造だ。
…………もしかしなくてもここかよ!
スコッチが逃げ込んだビルここじゃねぇか!俺が同じビルに逃げ込んじゃったのねうっかりさん!
ということは、だ。
もう一度ドアが開く気配がした。
スコッチを追っていたあいつも当然ここに来るわけだ、ちくしょうめ。
「…………くそっ!」
誰よりも早くその音に反応したのはスコッチだった。
追跡者の存在を思い出したものの、同僚は見捨てられなかったらしい。バーボンの命を脅かしているように見える俺のもとへと駆けてきた。
このまま俺を殴ろうと必死の形相で拳を振り上げ――ああ、死に物狂いのこの表情にライも騙されたのか。捨て身の攻勢に出たと咄嗟に判断したのだろう。だから拳をいなしてスコッチを投げ飛ばし、銃を奪われる隙を作ってしまった。
俺の目の前にいるこのスコッチの狙いも、きっと。
「ほい、残念」
「痛……っ!」
「はいはい動かないでねー。死にたくなかったらもう片方の手も寄越せって。はい、いいこー」
俺の持つ銃に向かってスコッチの手が伸びたのを見逃さずにキャッチ。右手で拳を作って、左手でスリの真似事とは器用だな、スコッチ君。
キャッチした両手を後ろにひねりあげ、抱き込めば拘束完了だ。捕虜の頭に銃口を突きつけるのは基本中の基本だな。
実践するのははじめてだけどね!なんでこんな殺伐バトルやってるんだろうな俺!ただのスーパーアンラッキーな大学生なのに!後で我に返ったら世知辛さとこっぱずかしさで泣き出しそうだぜ!
あえてバーボンの方は解放して、距離をとる。二人も捕獲してられねぇよ。
俺の知ってる赤井さんなら問答無用で捕虜を撃つことはないと思うが、ライはどうだろう。面倒くさいことになったからまとめて撃っちゃえとかないよね。
平静を装っているが心臓はバクバクだ。吊り橋効果で恋しちゃいそうよ。
「貴様――スコッチ!!」
近寄ろうとしたバーボン君を銃で牽制。近寄ったらこいつ撃つぜ、のポーズだ。
意図は正しく伝わってくれたみたいでバーボンはその場でたたらを踏んだ。
心なしかさっきよりも表情が険しい。
怒気を通り越して憎悪を感じる。ぶっちゃけ怖い。
ほら、いつも冷静な名探偵がそんな顔をしてるから、ライが銃を構えたまま固まってるぞ。
扉を開けて中の惨状を静かに分析している。
「これは……ふむ。君は何者だ?」
素早く分析した結果、何故かバーボンと同じ質問に達したらしい。
そうなりますよね。黒の組織員×3+一般人×1なら、一般人お前誰だってなりますよね。
原作の流れ的にも異分子はやはり俺である。
「おにーさんが銃を下ろしてくれないと話せないかな。ネ、スコッチ君」
「その男を殺せと言われて俺はここに来ているんだがな」
「じゃあ殺していい?」
俺の台詞にスコッチが体を震わせる。震えるスコッチに銃口を強く押し付けて本気度アピールをしてみた。
ちなみにいいよ、と言われて一番困るのは俺だ。
スコッチも死ぬし俺も死ぬじゃん。バーボンとライの関係も原作以上に拗れるじゃん。
少年漫画にそこまでの鬱は求めてねぇ。
「お前にスコッチを殺す理由はないはずだ!」
「……バーボンがいるということはカーディナルを殺した男か」
困惑はしているが、ライおにーさんの方がバーボン君よりだいぶ落ち着いている。非常にやりづらい。
お手元の拳銃は下ろすんですか向けるんですかどっちですか。あ、スコッチのドタマ狙うのね。どうせなら心臓狙ってやれよ、スマホが入ってるとこ。
「その男はすでに組織を抜けている。感謝されこそすれ、殺しても大したリスクは得られんぞ」
そして天下の赤井秀一から見ても俺はサイコ野郎らしい。リスクのためだけにカーディナんとかさんを殺したイカレ野郎だ。
冤罪です!殺ってません!気付いたら死体の目の前で銃を握っていただけで!!怪しいのはわかっているけど信じてくれ!!俺じゃあないんだ!!
「リスクが欲しくてこうしてるわけじゃないさ」
欲しいのはむしろ安寧です。
「そうか?だがどちらにせよ関係ないな。俺はそいつの頭をぶちぬけと命じられている」
「ライ!貴様!!」
「聞いていないのか。そいつは組織に潜り込んでいたネズミだぞ」
「それは…………!」
ようやく今の危うい状況にバーボンが気付いた。
バーボン君から見れば現状は最悪だ。
愛しの同僚スコッチ君は哀れ殺人犯の手の中。対処を間違えればスコッチが殺されてしまうことは間違いなしだ。
しかし組織の一員が見ているせいで大っぴらにはスコッチを庇えない。同じくスパイだと思われれば今度はライにまとめて処分されることになる。
動揺は収まり、スコッチをなんとか助けようと思考を巡らせているバーボンだがその視線は鋭いまま。相変わらず憎しみMAXな目で俺を見ている。
バーボン君が思っている以上に状況はシンプルなんだがな。
潜入捜査員が三人と殺人事件に巻き込まれた一般人が一人。ベストなアンサーはみんなで協力してスコッチさんを逃がしましょう、だ。
ついでに一般人は保護してあげてください。逮捕しないで。
…………ああ、ちくしょう。たまには吉が引きたい。
どうすればいいってんだ。じっくり考える時間がほしい。
「バーボン…………」
スコッチが小さく呟いた。俺からこいつの表情は見えない。
ただスコッチの頭の向こうでバーボンがはっとしたことだけはわかる。
苦渋を噛みしめた表情でバーボンは首を横に振った。
膠着状態の中、銃を構えたままのライが口を開く。
「奴が手に持っている銃は君のものか、バーボン」
「…………ええ、そうですよ」
苦々しく答えるバーボン。
せっかくのハニーフェイスが台無し――にならないところがムカつくなこの野郎。
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