プロローグ 大凶、東都水族館に行く (1/1)



ある日のポアロ。

神崎くん、新聞片付けといてもらえる?」

「はーい!」

梓おねーさんのためならえんやこら。机をふきふきしている安室透ことバーボンことフルヤレイこと安室先輩の隣を通って、あちこちに置きっぱになってる新聞を回収。
珍しく三人で閉店準備中inポアロいえあ!
ポアロで雇われている店員は俺と梓さんと安室パイセンだけだが、三人揃うというのは実はあんまりない。シフトをかぶらせる意味がないと言うのもあるのだが、それ以上に来ない男が居るのだ。急に数日音信不通になる安室透と言う男が。その度に『プライベート・アイ、大事件調査中だそうです!』とマスターおよび梓おねーさんに報告してる俺はもっと可愛がられるべきだと思う。有能で気が効く後輩として!ね!!

「と言うわけで褒め言葉をプリーズ!」

「毎日三食食べてから来てほしいものですね」

今日、朝ごはんを手抜きしたことをどうして知られているのでしょう。

「鞄に空のコーリッシュKOOLISHのパックが入っていましたから。また朝一番にアイスだけ啜りながら出勤してきたんでしょう。『また』」

「先輩、俺まだ何も言ってません」

「顔に書いてありました」

そっかー、書いてあったかー。なら仕方ないかぁ。
よく考えたら男に褒められてもあんまり嬉しくない気がしてきたので、すごすごと引き下がる。そして大人しく新聞を集める。
新聞を片手で束ねながらポイッと捨てようとしたところで、ふとその記事が目に入った。

『東都水族館リニューアルオープン』

そっかぁ、もうすぐ来るのかぁ。銀髪でかっこよくて、強くて、美人で、子供好きのあのおねーさんが。
ポアロのバイトを始めてからしばらく経つけど、そういや純黒じゅんこくもこれくらいの時期だったっけ、と思い出す。
映画版名探偵コナン『純黒の悪夢ナイトメア』。舞台はリニューアルオープンしたばかりの東都水族館。来葉峠事件が起きた直後に公開された映画だ。俺が米花町に来る前に見た、最後の映画でもある。めちゃくちゃ見に行ったし、めちゃくちゃはまった。
これはネタバレなんですが、キュラソーは死にます。映画オリジナル敵キャラクターの定めだね……。そして神崎くんはめちゃくちゃ泣きます。思い出しただけで泣きそう。
何が出来るかわからないが、これは首をつっこめるならつっこむべきだろう。いや、マジで何が起きるかは分からないんだけど。何もせずにスルーは無し無し案件だ。
それで、いつリニューアルするんだろう、とちゃんと日付を確かめる。
……あれ?

「あ、明日だああああああああ!」

「うわぁ……」

なんか今安室先輩から傷付く反応を受けたような。死ぬほどうるせぇなこいつ、みたいな。いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃねぇ!明日じゃん!! 映画、明日からじゃん!え、キュラソー明日死ぬの!?

「梓さん! 明日水族館行ってくる!!」

「あら、素敵ね! そういえばリニューアルは明日よね?」

「……君はそんなに水族館が好きだったっけ」

なぜゆえにいぶかしげなのだ安室パイセン。良いじゃん水族館。俺好きだよ水族館。遊園地の方が好きだけど。

「好き! 大好き! ラブ!」

「……………」

「なにゆえに冷たい視線!?」

イルカさんラブなのは本当ですよ!!

■ ■ ■

どうも、ある日気づいたら大好きな漫画の世界にトリップしていた男です。神崎と言います。最近、神崎くんね。おうちに妖精ようせいさんが出るの。見た目成人男性スコッチの、人の部屋を勝手に掃除していくタイプの妖精さんが。
今日も帰ったら、知ってる妖精さんが俺の部屋に掃除機をかけていました。ありがとうおかあさん元スコッチ!!実は本名良く知らない元スコッチおにーさん!家の鍵は渡してないはずなんだけどなぁ!

「今日は少し早かったな。ちゃんと手は洗ったか?」

「イエスお母さん!!」

「……オレに母親役はちょっとむずかしいと思うんだ。こう、見た目的に」

問題は見た目だけだと神崎くんは思うんですよ。

「食材切れてから買い足しておいたよ。あと鍋借りて勝手にいくつか作っておいたから、ちゃんと食べること」

「はぁい」

「そして今日はカレーだ」

「やったあ! 神崎くんカレー大好き!」

元スコッチさんは料理が上手。神崎くん覚えた。
とりあえず晩ごはんいただきます、と手を合わせる。するとものすごく見られている事に気づいた。え、何?

「……何かあったのか?」

「えっ?普通にバイトしてきた!あと、あとは、えっと。東都水族館に明日リニューアルだって!」

「ああ、明日だったか。そこでなにかあるのか?」

「イルカがいる!」

「……ふぅん?」

意味ありげな目配めくばせが飛んでくる。何だ、何だ。神崎くんはエスパーでも元公安でもないからテレパシーは使えないよ!

「何しに行くんだ」

元スコッチさんは元公安だからテレパシーが使えるらしい。行くって言ってないのに俺の明日の予定を察している。怖い。

「何しに……えーーーーー?イルカ見に?」

神崎

ひょう!
いい加減ちょっとは慣れてきたけど、急に名前呼ばれるとびっくりする!!

「何を、しに、行くんだ?」

笑顔の圧が重ぉい。と言うか痛ぁい。柔らかい感じのサンシャインスマイルなのに炎天下えんてんかなみに突き刺さる視線。良いからとっとと吐けとプレッシャーを感じる。昼飯にハムサンドしか食べてないから吐くものほとんどないのに!胃液以外何を吐けと…あ、情報?情報かぁ。神崎くんの個人情報でプレミアついてるものなんて――あっ、原作知識はまあまあのプレミア品だわ。そろそろ知ってる原作未来知識尽きるけどそれでも良ければ……。

「ええーとぉ……」

どう誤魔化そうかな、と迷ってから気付く。あれ、隠す必要はなくね?ちょっと観覧車が転がる予定なので、なんとかしたいです、って言うだけの簡単なお仕事!
……いや、観覧車転がるって改めて言葉にすると意味分かんねぇな。
あと、今までちゃんとトリップの話をしたことがないから、何から切り出せばいいのやら。うーん。
……よし。

「まずはトリップものの話をしたいと思います!!」

「はい、どうぞ」

「すごくスムーズなキャッチボール!?」

「いいから話せ」

「あ、はい」

なんか釈然としない!でもなんでも良いや!

「と言うか、トリップものって言って通じるの?漫画とかって読むっけ」

「分からないな。だが、予想はなんとなくつく。トリップの元の意味は『旅行・移動』……あの時の瞬間移動に関わっているんだろう?」

「瞬間移動……まあ、瞬間移動かぁ。いや、瞬間移動なのか?瞬間移動かも?」

車内海水びしゃびしゃびたし事件のことですね。あの後、俺車ごと消えたらしいよ!なにそれ怖い。

「あの後、俺ねぇ。あ、堤無津川ていむずがわあたりで車に轢かれて入院した話したっけ」

「聞いてはないが、知ってる」

なんでさ!さては赤井おにーさんだな!さては外見オキヤスバル中身赤井秀一から聞いたな!

「あのあたりまで瞬間移動したんだよね。車ごと、気付いたら川の中にどっぽん。こう、時も超えて」

「時も超えて」

「うん」

「なるほど」

「で、その前にも一回、同じような経験をしてるんですが」

「……カーディナルが殺害されたときか」

「それ。浜辺でボランティアしてたはずが、気付いたら死んでる人と密室だったからびっくりしたんだよね」

「拳銃は?」

「なんか落ちてたから拾った」

「拾うな」

もっとも!!!

「いやでも拾ったおかげでジンおにーさんから逃げれた説あるし!」

「それはまあ……でも落ちてる危険物を拾うな。 次に同じ状況になったら身を隠してオレに連絡してほしい」

「はーい!」

怪しいものはお巡りさんに通報ですね。

「で、そこにトリップしてくる前の話なんですけど」

「うん」

「ちょっと似て非なる異世界にいまして」

「うん?」

「何が違うのかって言われると俺も良くわかんないんだけど、たぶん違う世界に居まして」

「根拠はあるのか?」

「俺のおうちがあった住所に俺のおうちがない」

「……あ、なるほど。だから記憶喪失設定……」

設定って言うのやめていただけます!?設定だけど。設定だけど!本当におうちないんだから仕方ないじゃない…くすん。

「あと、まあ一つ決定的な根拠がありまして」

「聞こうか」

「漫画がね。あるんだ」

「うん」

「名探偵コナンって言う大人気漫画が」

「聞いたことないな」

「うん。こっちにはないからね」

あったら大事故だよ。色んな意味で。

「俺、その漫画の大ファンでさ。すっごい読んでたの。アニメもやってたし、映画も毎年やってたし。で、主人公がね、江戸川コナンくんって言う、蝶ネクタイをつけた、すっごい頭のいい小学生で」

「…………うん?『江戸川コナン』?」

まあ、知ってるよね。赤井おにーさんのことを知ってるなら、我らが主人公の江戸川コナンくんについて知らないはずがない。そもそもキッドキラーとして新聞にも出てるしな、あの子。

「で、その漫画での最近の展開なんだけど。赤井秀一って言うFBI捜査官が来葉峠で公安の安室透あらためバーボンあらためフルヤレイ引率の公安刑事たちとカーチェイスをするって言う感じの流れで」

「待った待った待った」

はーい、と黙り込む。元スコッチおにーさんは顎に手を当てて熟考じゅっこうモードだ。邪魔しないように神崎くんはお口チャック。

「……それは、つまり。神崎にとってはこの世界が漫画の世界だと?」

「漫画の世界だったはず……みたいな?」

「………………」

しばらく返事はなかった。俺もそれ以上、言葉は必要ない気がした。もちろん、細かいことは色々言えるんだけど、このおにーさん相手にはたぶん、必要ない気がするのだ。だって俺より頭がいい。それに、貴方は実は死ぬ予定だったんです!とかちょっと言いづらいし。

「なるほどな……。ずっと不思議に思っていたが、あの不可解ふかかいな情報量はそういうことだったのか」

「割とあっさり信じてくれてる!?」

「信じがたいけど、実際に怪奇現象を目にするとなぁ……」

「怪奇現象と呼ばないでプリーズ」

神崎くんはホラーが嫌いです。

「それに、もしそうだとしたら……いや。それは今はいい。――それで、その漫画……漫画?で見た内容と、明日の東都水族館のリニューアルオープンがなにか関係しているんだな?」

「そゆこと」

「明日の東都とうと水族館で何が起きる?」

「観覧車が転がります」

「……はい?」

「観覧車が!!転がります!!リニューアルしたばっかりの水族館の象徴である大観覧車がゴロゴロと!!そして水族館にいる人たちが全員ぺしゃんこになりかけます!それをコナンくん率いる赤井おにーさん安室おにーさんコンビがなんとかするんですが、キレイで子供好きなおねーさんが一人犠牲になります!」

「待って情報量が多い。…………犠牲ぎせいになるのは一般人か?」

「ううん。黒の組織のキュラソーって人」

「あの、ラムの片腕の?子供好きとは知らなかったな」

「明日、子供好きになるんだよ。記憶喪失になって、一緒に水族館で遊んだ子供たちのことが好きになるっぽい」

「またフィクションみたいに劇的げきてきな……神崎から見ればフィクションで間違いないんだろうが……」

「元フィクションね!!」

そこの違いはけっこう大事!

「まあ……クリスマスに雪が降るとフィクションの世界だなーーって思うけど」

そこなのか、みたいな顔をされた。そこだよ。東京のクリスマスに雪は降らない。あんまり。クリスマスイブももちろん。現実の東京で大雪になるのはセンター試験の日だけです。異論は認める。

「それで、キュラソーのことなんとかなんないかなーって。……何かコレって言う作戦はまだないんだけど。まずは見に行くところからかなーって」

あわよくばリアルキュラソー見たいとかそんな欲望はこれっぽちしかありませんよ?本当だって!煩悩ぼんのうはちょっとしかないってば!

「……確かにな。現場に行かないとなんとも言えないか。いつ向かうんだ?」

「え。今日こっそりオープン前に忍び込もうとしてた……」

犯罪とかそこ言わない。ものを盗もうとかそういうのはないから。本当にないから!神崎くんはリニューアル前の水族館が気になった、ただのウェイ系大学生です。あ、大学行ってねぇや今。ただのウェイ系フリーターですね!バレてもきっとちょっと怒られるだけだ。……たぶん。

「そうか。じゃあ準備するから少し待ってくれ。オレの車で良いな?」

あれ、いつの間に引率いんそつがつく話に?

「わぁい、ありがとうおにーさん!だけど良いの?」

「野放しにしてる方が気になる。オレも行くよ。行きがてら、もう少し詳しく教えてくれ。――明日、何が起きるのかを」

預言者よげんしゃさん、と茶目っ気たっぷりにウィンクが飛ばされる。気持ちがなんだかソワァとなった。きゃー!元スコッチさんかっこいい!!これが……恋!?
……脳内の安室先輩が『そんなわけあるか』と冷たい視線で言ってきた。
妄想の中でも優しくないぞあの先輩……。

■ ■ ■

そういえば元スコッチさんって潜入捜査官でしたね。
オープン前の東都水族館にすごく鮮やかに侵入してくれた。俺はなんかてくてくついていったら、いつの間にか水族館の中に入ってた感じだ。
スマホのライトで辺りを照らしながら、ごっつい機械がたくさんある部屋に二人で入り込む。コンクリ打ちっぱなしみたいな、無機質な部屋。人はいないのに、ゴウンゴウンと機械音だけは忙しそうに鳴っている。
電気制御室だ。

「オレたちが一番乗りみたいだな」

声を潜めて元スコッチおにーさんが言う。
俺にはわからないけど、侵入の形跡けいせきはないらしい。じゃあベルモットはまだ来てないんだな。公安に捕まってしまったキュラソーを奪還だっかんするために、組織は水族館を停電させる。その細工をしたのがベルモットだったのだ。
なんかUSBを挿して停電の下準備してたから、今のうちにそのUSB引っこ抜いておけないかなとか思ったんだが……そうはうまく行かないかぁ。映画は何回も見に行ったから内容は覚えてるんだけど、時系列とかはあんまし分かんないんだよなぁ。すごくフィーリングしか残ってない。

「わー、鮮やか!犯罪者!」

神崎が言うのかそれ……」

鍵がかかってるはずの制御盤せいぎょばんふたをパカッと開けてる元スコッチさんが微妙な顔をする。えっ、神崎くんはとても善良な市民ですよ。ほんとに。ほんと、ほんと。

「ううん……。細工さいくして遠隔えんかくで電気制御するためのプログラムを潜ませること自体は可能だ。だが、すぐに制御主導権を奪われるようじゃあ……」

向こうにその手の専門が居たら太刀打たちうちできない、と言う元スコッチおにーさん。

「一瞬でも停電復帰させられるなら、できること色々ありそう。でかい戦闘機せんとうきで組織が襲ってくる話したじゃん?観覧車破壊した原因。上空にいるそいつを五秒間照らしてくれれば、撃ち落とせるってオキャさんの中身赤井秀一が言ってた」

「知ってはいたが、化け物だなぁ、あいつも。しかし、そうか。それなら一応仕込んでおこう」

いつの間にか用意してたらしいUSBを制御盤に挿してる元スコッチおにーさん。それどっから出てきたの。いつの間に準備したの。日常的にもしかして持ち歩いてたりするの?こわぁ。

「えーと。あとはじゅすいそう?の方見に行けばいいんだっけ」

「うん。目当ての給水きゅうすいバルブは受水槽じゅすいそうにないかもしれないが、パイプから伝っていけるはずだ。そっちも確実な策とは言えないが……」

「大丈夫!!最悪、俺が立ってる方に観覧車転がってくると思うから安心してほしい!」

「安心できないよ……。まったく。給水バルブは悪くない考えだと感心した途端にこれか……」

「俺は俺の大凶運を一番信頼してます」

すっごく嫌だけど。でも大凶さんは確実に仕事をしてくる。できる男なのだ、あいつは。女かもしれないけど。
でかい観覧車が転がるとして、その近くに俺がいるとしたら、確実に俺のとこに転がってくる。これはもう間違いない。

「危険を軽々しく犯すな。地面に穴でも開けられれば確実に止められるんだが……必要な爆薬ばくやくを用意するには時間がないな……」

「物騒なこと言いますね!?」

「転がる巨大観覧車を自分に引き付けるよりは安全だろう」

「それは確かに……いや、確かに?」

ほんとに安全?ねえ、爆薬使うってそんなに安全だっけ?

「観覧車に仕掛けられる予定の爆弾を流用できればよかったんだが」

「さっき見てきた感じまだなかったね」

キュラソーが東都水族館に来るのは計画外のことだったから、当たり前である。ダメ元でさっき見てきたけど、やっぱりキレイな観覧車だったよ。ここから、映画で見た爆弾グルグル巻き車軸しゃじくになるのだから、すごい。
一日で観覧車の車軸を爆弾でぐるぐる巻きにしたのもなかなかすごいし、大変だ。どうやってやったんだろベルモットおねーさま……。

「たくさんの爆弾は諦めるとしてぇ。煙幕えんまくの方はなんとかなるって言ってたっけ?」

「ああ。用途を考えればドライアイスとペットボトルでなんとかなる」

「それ煙幕って言うよりペットボトル爆弾」

「できるだけ人を巻き込まないように気をつけること。殺傷力さっしょうりょくは低めにしておく……。あとは……確実に公安を動かすなら、安全なとこで爆弾を一箇所……用意自体はできるだろうが……場所とリスクが……」

この人、爆発諦めてないぞ。あとリスクが、って言いながら俺を見ないでください。言いたいことはなんとなく分かっちまう大凶男は辛いぜ。

「あ、観覧車に仕掛けとくのは?キュラソーの記憶を取り戻すために、公安が観覧車の片側貸し切ってたはず。だからそこなら比較的安全かも? 使われるゴンドラは一つだけだから、二箇所に仕掛けといて、人が乗らなかったゴンドラをふっ飛ばせば。ほんとは、少年探偵団……コナンくんのお友達が間違えて乗っちゃうんだけど。それはどうとでも止めれる。と言うか止めます!」

「ゴンドラを爆発させるのか……」

何故なにゆえに微妙な顔!?」

「あ、いや……いい考えだとは思うが、ちょっと思うところが……」

微妙そうな、と言うか、何というか。何とも言えない顔をしている元スコッチおにーさん。
観覧車で爆発って何かあったっけ……? 
すっごく前に出てきてた、松田って刑事が観覧車関連の事件で色々あったのはうっすら覚えている。純黒の映画を見たときに、『えっ安室透とあの松田刑事が同期!?』ってびっくりしたのも覚えてる。
……スコッチおにーさんも、松田刑事の知り合いだったりするんだろうか?
え、その話、神崎くん知らない……。それか、普通に何か別件で会った事があるのかなぁ。
微妙そうな顔はされたけど、ゴンドラ爆弾設置作戦は採用されたらしい。スマホを取り出した元スコッチおにーさんがピッピッと気軽に赤井おにーさんを呼び出した。
その人、ホントは死んでることになってるんだけど気軽に電話して大丈……あ、元スコッチさんも死んだことになってたわ。すごく色々が今更だったわ。

「ああ、頼む。……え、今?そうか、コト自体は今夜から始まってたのか……ああ、そう。そうだよ。あいつだ。長い、と言うか込み入った話になるからどこかで直接会えないか?たぶん、オレから話すべきことではないだろうし……どこまで、誰に伝えて良い情報なのかオレには判断がつかないからな……きっと、オレは、いや……それも会ってからの良いな。ああ。ああ……わかった。そうしよう」

電話で話している元スコッチおにーさんから、なんかちらっと意味ありげに視線を向けられる。
え、俺またなんかしちゃいました?

■ ■ ■

次の日の早朝。
元スコッチおにーさんの車に載せられて東都水族館にどんぶらっこっこ。今のところ交通事故も置きなさそうで俺はとても嬉しい。これだけ何も起きないってことは、やっぱり観覧車は俺の方に転がってくるんだろうなぁ、とさとりの境地きょうち神崎くんですどうも。

「この後、赤井と落ち合う予定だが、タイミングは向こうに任せることになる。予断よだんゆるさない状況らしくてな……けど、夕方までにはなんとか合流してくれるそうだ。その時に仕込みに必要なものを受け取る」

「さすがクールでかっこいいダークスナイパー!そこにシビれる!惚れちゃう!!」

「……神崎のそういうギャグにも慣れたなぁ」

「なんかちょっと滑ってるみたいな言い方やめません!?」

あっ、なんかサイコ寄りホモ野郎と思われていた記憶が走馬灯そうまとうのように……よし、思い出さなかったことにしよう。悲しい記憶は臭いものみたいにしっかり蓋をしとこうね!密封、密封!

「昨日の夜のことだけど、神崎の言った通りだったよ」

「と言うと?」

「昨晩、NOCリストが奪われた。奪ったのは黒づくめの組織の幹部、キュラソーだ」

NOCリスト。Non-Official-Cover、つまり潜入捜査員のリスト。黒の組織に潜入している各国の諜報員ちょうほういんたちのリストのことだ。それが今まさに、黒の組織の手に渡ろうとしている。
既に死んだことになっている元ライおにーさんこと赤井おにーさんはさて置き、現在潜入中の顔見知りが命の危機だ。予断を許さない状況ってのは、そういうことなんだろう。
赤井おにーさんとコナンくんが知っている範囲だとCIAのキールおねーさんと、我らがポアロバイトの安室先輩あらため公安のバーボンおにーさんが危ない。
FBIである赤井おにーさんとは違う組織の人たちだが、だからと言ってスルーするような赤井おにーさんではないのだ。助けられる命ならなんとかしようとするだろう。
実際、原作通りなら赤井おにーさんがなんとかしてくれると知っているので俺も余裕よゆうの構えだ。大丈夫、大丈夫。たぶん大丈夫。なにか原作外のことが起きるとしても、俺に起きるだけだから本当に大丈夫。なんか考えるだけで涙が出てきそうだけど俺は今日も元気に生きています。
何はともあれ、今は観覧車だ。念の為、もう一回確認しに行ってみたけれど、爆弾は仕掛けられていなかった。
まあそれは想定内だったんだけど、一つ不思議なことがあった。
キュラソーが見つからなかったのだ。NOCリストを奪った後の逃走劇で海に落ちて、そこから東都水族館に流れ着いたキュラソーが記憶を失ったのは、おそらく昨日の夜。東都水族館観覧車を飾る五色のライトアップがキュラソーの記憶を奪うのだが、夜でなければライトはキュラソーの記憶に作用しない。キュラソーが持っている瞬間記憶能力をコントロールするための五色のフィルム、その色にライトが近づくのが夜の間だけだから。昼間だとちょっと色合いが薄すぎる。
だから水族館にはもう流れ着いているはずなのだが……。うーん、どっかですれ違いになったかな。あれだけ目立つ外見だからすぐ見つかると思ったんだけど。
もしかしたらまだ水族館の中には入っていないのかもしれない。映画原作が始まる前にキュラソーを確保できればベストだったんだけど(どうベストなのかはよくわからないけど、元スコッチおにーさんがそう言っていたのだから間違いない)、なかなかうまくいかないものだ。
仕方がないので観覧車の待機列たいきれつに並んでみた。
いや、これは決して俺が乗ってみたかったとかそういうわけではなく、高台から探したらキュラソー、あるいはキュラソーを探して来ているはずのベルモットおねーさんが見つけられるかもと考えた上での戦略的行動であってだな。決して、でっけぇ観覧車すごい!!乗ってみたい!!と俺が主張した訳では決して。
いやでも、せっかく朝早く来たんだし、本格的に混む前に普通に乗りたくない?
みんな乗りたいはず。俺は乗りたい。よし、乗ろう!!
のろのろーっと動く待機列に並んでいる間、元スコッチおにーさんはなんかぼーっとしてた。たぶん考え事をしてるんだろう。
昨日の夜から、気を抜くと思考に意識が持っていかれてる。邪魔しちゃ悪いので、俺も一緒にぼーーっとすることにしている。
あ、ちなみに元スコッチおにーさんはきちんと変装して出てきてます。流石にね。一応、死んでることになってる人だからね。何故か公安に帰ってないらしいんだけど、いつまで身をひそめてるんだろこの人……。
え?神崎くん?俺はすっぴんだよ?悪いことしにきたわけじゃないので赤神崎くんはお休みです。念の為、変装メイク道具一式は持ってきてるけどね!使わないにこしたことはない。俺の身の安全的に。
同行者のテンション感に合わせてぼーっとしてると、スマホがブルった。あ、メールだ!メッセージじゃないところに、微妙なコナン世界観を感じる。エモい。
しかもコナンくんからじゃないですかー!やったー!この前メアド交換してたんだ、そう言えば!
なになにどんなご用事、とメールを開く。正体である高校生探偵感が垣間見かいまみえるそっけない文面が一文。

『サクラお姉さんって、どういう人?』

サクラ……?たぶん知らん人っすね。なんで俺に聞くんだろ。
そう思いながら、添付てんぷされた写真を見る。途端とたん、俺の頭がフリーズした。一瞬と言わず、たぶん五秒くらい。
…………え???どういうこと??

「この子……」

「知り合いなのか?」

いつの間にか俺のスマホを覗き込んでる元スコッチおにーさん。全然良いんだけど、いつ熟考じゅっこうから戻ってきてたんだ。

「知り合いと言うか……えーっと」

色んな形容詞が頭に浮かんだ。一番わかりやすいのを選んで口にする。

「幼馴染、かなぁ。サクラって名前じゃあないはずだけど……いや、でもどう見ても千束だよなぁ」

「幼馴染?それって、その、なんだ。前の世界の?」

「そー。前の世界の」

いや本当にどうして居るの、委員長さん。え、トリップしてきちゃったの?まさかの?コナン原作知識ほとんどゼロなのに純黒のタイミングで来ちゃったのこの子!?

「しかもなんでキュラソーと少年探偵団といるの……」

「それも気になるが、どうして喪服もふくなんだ?」

「あー……さあ、なんでなんだろね?」

この真っ黒いワンピース、喪服か。……そっかぁ。


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