大凶は硝煙の香り (1/3)


気が付けば殺人犯になっていました。

――いや待て、落ち着け。
犯人が俺とまだ決まったわけではない。
深呼吸をしてもう一度現状を確認してみる。

「前方、死体」

オーケー。
クールだ。
何も問題はない。
出来たてほやほやの死体が血を垂れ流しながら俺の目の前で寝ているだけだ。安らかそうな寝顔である。
いや嘘だ。
何か予想外のことが起きたかのような驚愕をその顔に浮かべている。
胸にはコサージュのような赤い風穴が一つ。小さな穴から滲んだ赤血球入りの液体が死体君の白いシャツに赤い花柄をプリントしている。
花柄という程綺麗ではないが。むしろただの赤い染みである。
もうしばらくすれば酸化して赤黒い染みになるのではないだろうか。

「周囲、無人」

オーケー、オーケー。
つまりこの部屋に居るのは俺と死体君だけだ。
二人っきりって素晴らしいね死体君!君といつかこうやって密室で話し合ってみたかったんだ!でもごめん俺はゲイじゃないから君の気持には答えられないよ!
そんなやりとりの後に俺が死体君の心臓をがっちりと撃ち抜いてしまったようにしか見えない状況。

「手元、拳銃」

オールオッケー。
拳銃なんて誰でも持ってる。

……いや、持ってねぇよ。

なんでご丁寧に手袋までしているんだ、俺。
掃除用のゴム手袋だけど。
こんな場面誰かに見られたら確実に「犯人はお前だ!」とか言われて人差し指で社会的に抹殺されてしまうに違いない。

ガチャリ。

「………………」

「………………」

死体君の向こう、正面にある扉が開いて男が一人入ってきた。
思わず見つめあってしまう。
あら、こんにちは。おにーさんかっこいいわねぇ。その銀髪、地毛?

「…………お前は」

全身黒づくめのいかにも怪しげな男が俺を睨んでくる。
いや、むしろお前だろ。見た目的に犯人お前だろ。
俺はただの一般人。
ゴム手袋をして浜辺でゴミ拾いをしていたそこらへんの大学生。
イエスボランティア、ノーキリング。
僕は無実です。
あまりにもおにーさんの顔が怖かったので、反射的に銃口をそちらに向けてしまう。
懐に手を入れようとしたおにーさんはそのまま固まった。
待って、今何しようとしてたの。何取り出そうとしてたの。
いややっぱなし、聞きたくない。

「ゆっくりでいいよ、両手あげて」

I'm the killer, put your hands on your head!!
こういう時ってこう言うんだよね、この前見たドラマで言ってたよ。主人公は殺人犯じゃなくてFBIだったけどな。
状況はよくわからないがとりあえずこのおにーさんを野放しにするのはマズイ気がした。銃口で脅しつつ部屋の中に入るように目線で指示する。

「俺に指図するつもりか?」

「俺にスローターハウスでも作らせるつもり?」

お願いだから俺に罪を重ねさせないでくれ。いやマジで。
やらないけどね。撃たないけどね!

「…………ちっ」

おにーさんは小さく舌打ちをして俺を睨み付けた。如何にも数十人は殺してそうな視線の鋭さである。賭けてもいい、このおにーさんはヤバイ。きっと最新の戦闘機で鉄の雨を降らせようとするくらいやばい。ついでにその詩的センスもやばい。
目下一番やばそうに見えるのは死体君とこんにちはしていた俺だがな。
手負いの獣のように慎重な動きでおにーさんが懐から手を出す。黒手袋をつけた指先が何も持っていないのをしっかりと確認。そのまま黒い帽子の横におにーさんの両手が掲げられた。隙をついて部屋の外に滑り出そうとするのを銃口で牽制。
このまま仲間なり警察なりを呼ばれると非常に困る。ダメだこの発想犯罪者だ。やっぱり俺が殺っちまったのか?
おにーさんの視線はさらに鋭くなったが、俺の要望通り部屋の中へとしっかり入ってくれた。
パタン、と軽い音を立てて扉が閉まる。

「組織の一員を殺して、無事で居れるとは思わないことだな……」


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