枯れ尾花が如く、鬼火子は (1/1)



お盆に還ってきたのはウィル・オー・ウィスプのちょっと不思議なお友達
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さあ、お盆が来た。
還るところのあるヤツラが還ってきた。
――霊感があるかと問われれば否だ。
きっと、彼ならそう答えることだろう。
だけど今の僕をみつけるヤツがいるとしたらたぶん他の二人ではなく彼だ。
だって、なんか不幸未満の事件を引き寄せそうな顔をしてる。
ぼうっとそんなことを考えていると、当の本人にばったりと出くわした。

「君は…………」

「こんばんは」

「ああ、こんばんは」

屋上のドアを開けた彼は僕ににっこりと笑う。
服がいつもよりフォーマルだ。別に燕尾服ほど格式張っているわけじゃあない。だけど、白いボタンシャツとか。新しそうなサマーセーターとか。
ちょっとだけおめかししているように見える。
ニンムチュウってやつかなぁ。

「君、こんなところでどうしたんだい?」

優しそうな顔はちょっとだけ別人みたいだ。
いや、僕がいつも見てる方がこの人の『別人』なのかな。

「僕はいつも高いところに居るんだよ」

「高いところが好きなんだね」

「僕たちは空を飛べるもの」

「空かぁ…………いいね、僕も飛べるなら飛んでみたいよ」

風を受けて、太陽を眩しそうに見上げる彼は生身の人間だ。
よだれが出るくらいに羨ましい。
太陽の暖かさはどんなんだっけ。そうだよな、今は夏だから汗もきっとかくはずだ。
服がびしょびしょになって肌に貼り付く不快感。
喉を冷たい炭酸で潤してはじめて気付く渇き。
どれもこれも、懐かしい過去の記憶の集約だ。

「――代わってみる?」

「え?」

あまりにも羨ましくって。
つい、そんなことを言ってしまった。
やだな、困らせるつもりもないのに。彼のことは比較的好きな方だから、できれば傷付けたくもない。
いや、でもそれはアイツの気持ちかな。
僕は別にこの人のことはどうでもいい。
いっそ一回、手酷く傷ついてしまえと嗤う方が僕の本心だ。

「君も空を飛んでみる?」

僕みたいに。
体を中に投げ出して風を受けて、太陽に背を向けて。
近付くアスファルトは終わりの合図だと信じていたはずなのに。
欲しかったけどいらなかった翼を僕は与えられてしまった。どうせなら墜落する前に与えてくれればよかった翼は僕を空に縛り付ける柔らかな鎖だ。
いつ終わりが来るかもわからない旅路をアイツはそこそこ楽しんでいるみたいだけど。
僕は今さら、そんな生命飽き飽きだ。
誰か一緒に飛んでくれはしないだろうか。
たとえば、目の前できょとんとしている彼とか。

「…………いや、やめておくよ」

苦笑する彼。

「なんでさ」

不満があからさまに顔に出た。
気がする。
だって彼が聞き分けのないこどもを見るような優しい顔になった。
ムカつくなぁ。

「空を飛べるなら……友達と一緒がいいな、と思ってね」

「ふぅん」

そういうことを平気で言えるから、この人のことは好きになれない。
そんなに綺麗じゃないはずなのに、たまにキラキラ輝いていて宝物みたいに見えるんだ。
隣にはいつもあの二人がいて。
傷付いたことなんかないみたいな笑顔でからりと笑うから。
気に食わないってこういう時に使う言葉なんだろう。

「変なことを話してもいいかい?」

「なあに」

「よっ、と」

僕の隣に無遠慮に座り込んだ彼は長話をするつもりらしい。
崩された足が完全にリラックスモードだ。

「僕の友達の話なんだけどさ」

「友達のいない僕にイヤミ?」

「ちがうちがう、そうじゃなくて……なんだか君に似ている友達が居てね」

会ったばかりのこどもに定番の口説き文句を垂れ流す彼。
その横顔があんまりにも楽しそうだから、仕方ない。
話だけは聞いてやろうと僕も地面に座り込んだ。
屋上の床に腰を下ろしたはずなのに、宙に浮いている感触がする。
いくら経ってもこの感覚にはなれない。
引き寄せた膝も、それを抱く腕も、宙を切るように曖昧だ。

「僕はそいつに会って、何て言うんだろうな……根本的に常識をぶっ壊されてしまってね」

「ふぅん」

「そいつ、喋るんだよ」

「…………?」

ああ、この先の話が読めてしまった。
そう思った瞬間に妙なことを言われて彼を思わず見てしまう。
天性の感の鋭さでアイツの話でもしはじめるのかと思えばこの人は何を言い出すのだろう。

「飄々としているというか……よく喋るやつでね。幽霊なんて、もし居るとしたらもっと物静かで恨めしさの固まりみたいなものだと思っていたけど」

「君の友達、幽霊なの」

「さあ…………?たぶん、死人の類いではあると思うんだけど」

「……………………」

僕はウィル・オー・ウィスプだ!!!!!
不服不平と胸のうちでがなりたてるアイツを黙殺する。
死人みたいなものだろ。
少なくとも僕を連れ合いとしている間は、地上をさ迷う亡者と大差ない。
僕の正体にあっさりと気付いたらしい彼はどこか遠い場所を見ている。
視線は屋上のフェンス辺りに。けれども、焦点は記憶の中だ。
ウィル・オー・ウィスプだなんてよくわからない化物を自称するアイツと出会ったときのことでも思い出してるんだろうか。
それとも……?

「ずっと、死人は喋らないと思っていた」

ぽつりと漏らした声はびっくりするくらい平坦だ。

「……………………」

何か続くかと思ったら彼はそのまま黙りこんでしまった。
――失礼なやつだ。
今の感想は僕じゃない、アイツのだ。
僕は失礼とまでは思わないさ。
この人のことはよくしらないけれど、生死の境目に鋭敏な人であることは知ってる。
別に死線を潜り抜けてきたんだろう、とかそんなことはわからないけど。
きっと普通より多くの死を見てきた人なんだろうとは思っている。

「アンタのまわりで誰か死んだの」

「……ははっ。直球で聞くんだね」

「今さら、誰かに遠慮とか意味わかんないから」

「そうだね…………そうかもしれないな……僕が君に遠慮するのも、変な話しかな?」

「しらないよ」

「――君も、そう言うんだな」

今、僕を見ているこの人がアイツを思い浮かべているのはわかりきったことで。
だから僕の質問にはきっと答えないんだろうとたかをくくっていた。

「そう、何人か、友達をね」

「え?」

「なくしてるよ、君の言うとおり」

「…………ふぅん」

「この前も、危うくもう一人なくしかけてね。そういう巡りなのかな、とも思っているけど」

「………………」

聞いておいてなんだけど心底興味ない。
ああ、やっぱりか、ってくらい。
どうせこの人は泣かないし、あからさまに悲しまないし、僕に同情してほしいわけでもないのだろうし。

「だけど死んだ後があるなんて、考えてもなかった……」

「……………………」

「あいつらも幽霊になってるかなぁ……なんて、馬鹿な話だよなぁ」

「一応、アイツの名誉のために訂正しといてやるけど。アイツはウィル・オー・ウィスプだからね」

「似たようなものじゃないのかい?墓場をさ迷う鬼火、ウィル・オー・ウィスプの正体は行き場をなくした魂、なんて言われているけど」

「さあ。でもアイツ、そこらへんはこだわるから違うんじゃない」

「そうか……よくわからないこだわりだな」

ふふ、と笑う彼。
生きている人間にはよくわからないな、みたいな心の声が聞こえた気がした。
ちょっとムカつく。

「僕にもわかんないからね、言っとくけど」

「君にも、彼のことでわからないことがあるんだな」

「そうだよ。あるよ。別の存在なんだから」

たまに僕たち自身でもわからなくなるけど。
僕たちはきっと、同じ魂を分かつ違う人格だ。
……アイツは人じゃないけど。

「それでも、驚きだよ」

「なんで」

「だって、君があのウィル・オー・ウィスプの一番近い友達なんだろう?」

「…………………………近いって」

なんて馬鹿なこと。

「物理的な……いや、物理じゃなくって……あれか。こう、心の声的な近さのこと言ってる?」

「そう、心の声的な。彼はいつも、君の話ばかりしているだろう?」

「……しらない」

「少なくとも僕たちやライと居るときはね」

こういう時に限ってアイツは黙りこむ。
胸のうちを問いかけたってなんの声も答えてこなかった。
戸惑う僕を見て笑う金髪碧眼の彼。
目をきゅっと細めてからっと笑う姿があまりにも様になっていて腹が立つ。
だから、この人はたまにキライなんだ。

「僕も、君とも友達になりたいな」

「…………君のそういうところがキライだ」

「感情味のある君も新鮮だな」

「笑わないでよ、勘に障る」

「いつも思ってたけど、君はやっぱり口が悪いな」

「だから、アイツと僕を同じにしないで」

「それは……ごめん。あんまりにも似てるからさ」

だからどうしたと言うのだろう。
ライとバーボンも十分に似てるところがあるとでも言い返してやろうか。

「でも、完璧な別人でもないんだろう?」

「さあね」

でも、とは思う。

「でも、そうかもね。君の気障で格好付けでヒーロー属性もどきなところが気に食わないってアイツも言ってたし」

「やっぱりあいつ、口悪いな……」

「でも、君はそういうトコがキライじゃないんでしょ」

「…………まあね」

馬鹿みたい。
人じゃないものに焦がれて、生きてるわけじゃないものに近付いて。
それが空を飛ぶことに憧れるみたいなことだってことに気付かないまま。
それがまるで当然みたいな顔をして。
そんな優しい顔を向けるなんて、きっと正しいことじゃない。
もっと君は僕たちを怖がるべきだ。
そう思うけど、でもそれは僕が言うべきことじゃない。

「……幽霊は、語らないよ」

「うん?」

「だからきっと、君が幽霊と会ったときは会話にならないさ」

「そういうものなのかい?」

「そういうものだよ」

なら、この目に写るモノはなんなのかと。
バーボンと呼ばれる彼は問うことなく、ただ、そうか、と。
困ったように微笑んだ。


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