マジェンタ・ジューンブライド (1/1)




あったかもしれないし、なかったかもしれないお話。
お題「全員にプロポーズされる大凶か大凶がプロポーズ」
何故かほんのりなろう風。色んなものがでてくるのでなんでも許せる方向け。
たぶんポアロでアルバイトをはじめる前のお話。
(※本作に登場するゲームはフィクションであり、現実のゲームとは一切関係ありません)




ようこそ米花タウンへ!
そんなアナウンスがかかるはずのゲートの前でぽかんと立ち尽くす。
チュートリアルもなにもなく放り出されたそこはゲームの中だ。
比喩表現じゃないよ。ホントだよ。

「マジコナじゃないっすかー……」

マジックコナンの略じゃないよ。そんなマジック快斗と名探偵コナンのコラボみたいなタイトルだったらよかったのに。
マジ☆コナン1000%も違う。そんなパクリみたいなゲームじゃない。でもまあだいぶ予想としては近い。
答えは『マジェンタ・ラブin the 米花タウン ~名探偵コナン~』の略だ。通称『マジで事故ナン』。
タイトルからご察しの通り、某サンデー人気連載を叩き台とした恋愛ゲームだ。このゲームはあらゆる意味で発売前から事故ゲーと言われていたが、その最大の理由はこの一言に集約される。
これ、工藤新一が攻略できるんだ。

「やだあああああ新蘭がいいいいいいい!!」

そんな原作ファンの複雑な乙女心を反映した阿鼻叫喚がツイッターとかで燃え上がることになったわけだ。
あ、今のは俺の断末魔ね。
俺を新蘭の世界に帰して。神崎君おうち帰りたい。やっと新しいアパートにちょっと愛着湧いてきたところだってのに。
どうも、大凶が恋人☆の神崎君でっす。さっきまで工藤邸からおうちに帰る途中だったのに、いつの間にかこのやたらと重そうなゲートドアの前に居ました。アニメ見たことある人ならどんな扉なのかすぐわかると思う。CMの前後とかにキィーーーって閉じ開きするあの迷宮への扉だ。
これは周りに赤と青と紫の薔薇が咲いてて、上に
"welcome
BEIKA TOUN"
とか書いてあるけれど。
悪夢の迷宮への扉へようこそ。神崎君マジでおうち帰りたい。
しかもこれさぁ…………。
扉に刻まれた謎の文字を指でなぞる。
そうだったね。ストーリーの進行率とかはこの扉の前に刻まれるシステムだったらしいね。俺さすがにマジコナはやったことないけど、それくらいの情報はなんかコラ画とかみて知ってたよ。
わぁいハートがたくさん。え、これって誰かもうゲーム進めてね?え、ゲームストーリーだいぶ進行してません?知ってる名前の隣にたくさんハート並んでるんですけど。これ俺、めっちゃ(恋愛的な意味で)やつらから好かれちゃってません?
恋愛ゲームとか普通にやったことないんですけど!?
この扉は開けてはいけない扉では。

「でもここ以外に行くとこないよな、これ…………」

辺りを見回すとそこは漆黒の闇でした。
超怖いよここ。
右も左も後ろも上もぜんぶ真っ黒。手抜きか。手抜きで迷宮への扉だけ書いたのか。
俺の精神安定のためにちゃんと部屋なり迷路なり書き込んでくれよ。煉瓦の壁についたドアだけぽつんとあったら怖いだろ。
あ、コンビニとかあると嬉しいなぁ。

「よぉし、腹が減ったらなんとやらだ!とりあえず開ける前にコンビニ探しに行こ!!」

――四の五の言わずにとっとと行ってきなよ
方向転換をしようとした瞬間、誰かの声が脳内に直接響いて強風が俺を吹き飛ばす。
わぁ、このチュートリアル口が悪ぅい。
風に押されて扉が開く。
その中の放り込まれる俺。

「やだああああああジンニキ怖いいいいいいいいい!!」

扉に刻まれていたジンの名前にがくぶるしながらマジコナ迷宮の中に放り込まれる俺。

「乙女ゲにでてくるジンなんていやだああああああ!!!!」

あとマジコナって何かサスペンス系謎解き恋愛ゲームらしい。
やだ神崎君また犯人になっちゃう。


助けて名探偵いいいいいいいいいい!!



…………ちなみにこのゲームが発売前から事故ナンと呼ばれていたわりと致命的な理由がもうひとつある。
このゲーム、恋愛ゲームのくせに主人公の性別男女で選べるんだ。攻略対象にはもちろん原作にでてくる野郎共がわんさか投入されている。
つまり。
ここから先はめくるめく赤と紫の薔薇が咲き誇る禁断の米花タウンってことさ!!!
どうしてこうなった。



目を開けるとそこは工藤邸でした。
知らないようで知っている天井だ。ソファらしきものに転がってる俺と工藤邸の天井の間にある顔が近くて怖い。
なんで俺を覗きこんでるんすか赤井秀一ことオキヤスバル。

「ああ、よかった…………目が覚めたんですね」

心底安心したような顔で俺を見つめているオキヤスバルのスイートフェイス。
誰。
まともに沖矢昴さん見るのはじめてだけどあんたこんな顔するの。
マジで誰。
赤井さんアンタこんな優しい顔するの。その見るからに無害そうな表情に神崎君背筋がぞわぞわする。

「ドチラサマデスカ」

おっと本音が。
何故か赤井さんの外面が驚いた顔をする。見開いた目はやっぱり赤井さんらしく隈があって――あれ、色がちょっと違う。
赤井さん緑色じゃなかったっけ。
黒をくすませた灰色の目。
なに、カラコンまで入れてるのオキヤスバル。

「私は沖矢昴ですよ……起きたばかりで寝ぼけているようだね」

「赤スバルさん近い。顔めっちゃ近い」

「おや…………」

くすりと笑う沖矢昴はまるで別人のようだ。
やっぱりなんかぞわぞわする。

「私としてはこのままずっと貴方の側にいたいと思っているのですが……」

「なぜ近付く。ちょ、近…………」

近かった距離がさらに近付く。
だから怖いし近いって。
ほとんど目元しか見えない距離で柔らかく囁かれても俺乙女じゃないからときめかない。
心臓はドキドキする。
安全バーなしでジェットコースター乗せられてる気分的な意味では。

「この先もずっと僕は貴方の沖矢昴として側にいましょう…………それではいけませんか?」

赤井さん何をふざけてらっしゃるのデスカ。
その切なさそうな目で見られるとさすがにドキマギするからやめてほしい、ってところで思い出す。
あれ、そういやここマジコナの世界か。もしかしてこれガチでプロポーズされてる?
もしかしなくてもこれ恋愛イベントとというやつでは。
ヴァイオリンが優美なBGM流れてませんかこれ。

「えーと………………」

そっと唇が指先で塞がれる。

「答えはまだ…………報酬はすべての謎を解き終えた後で、いただきましょう……」

「……………………」

誰。
だ れ お ま え!?
え、赤井さんどこやったん??
赤井秀一成分いま限りなくゼロじゃん。
え、なにあれこわい。
マジコナこわい。
最早別人になっていらっしゃいません!?

「やっと起きたんですね…………まったく、無茶をする」

「おや…………邪魔が入ったようですね」

続きは後で。
耳元で囁かれるとこしょばゆうと言うておろーに。
少しばかりの茶目っ気とばかりに一瞬のウィンクを飛ばして立ち去るオキヤスバル。
マジで誰だったんだ。
立ち代わりで部屋に入ってきた安室透。おまえはいったい何アムロなんだ?……とか神崎君言いたくないんだけど。
頼む、まともに俺の苦手なバーボンダダ漏れ安室で居てくれ!

「彼はいったい……」

スイートフェイスはしないトリプルフェイス。
なにやら難しい顔で去っていたオキヤスバルを見送っている。

「安室さん?」

「…………いや。なんでもない。気にしないでくれ」

マジコナ軸だとまだ沖矢昴の正体ってばれてないんだっけ。いや、でもあのゲーム、緋色後に発売されていたような。
よくわかんねぇなぁ。

「それはそうと」

シリアス空気を打ち消すように安室おにーさんが手を叩く。
そのまま何故か俺の両肩をがしりと掴んだ。

「今から君に説教をする」

「安室おにーさん、顔近い」

「口答えはしない」

なんて理不尽。
顔近いって事実を言っただけなのに。
安室テメー、俺になんの恨みが。

「君はいい加減、勇気と無謀の違いを知るべきだ。確かに今回はうまく行った。君も幸いと軽傷で済んだ。だけどこのやり方が何回も通用するとは思わないことだ」

何のはなしかよくわからないがめっちゃ怒られてますなう。
このやり方ってどのやり方。神崎君マジコナ初心者だからよくわかんない。
あと安室透のハニーフェイスがめっさ近いです。
睫毛長い。
目が青い。
うわ、腹立つイケメン。

「ほんのわずかな歪みですら命取りになることだってある…………小さな油断が君の命を奪うことだってあるんだ……」

「……………………」

「聞いているのか」

「き、聞いてはいる……」

「…………本当に君は」

はあ、とため息を吐く安室透。
え、なんで俺呆れられてんの。
むしろこれは俺が呆れる側では。
これ察するに恋愛イベントだよな?さっきの謎のオキヤスバルイベントに対する安室イベントと考えていいんだよな?
安室おにーさん、プロポーズ説教でいいの。
安室透の恋愛イベント、説教されてるだけなんだけど。

「困った子だ……」

甘い感じの笑いを期待しました?
残念、心底呆れきったため息です!
いや、でも安室おにーさんに呆れられるなんて新鮮。
大抵俺疑われてるか疑われてるか疑われてるからね。
疑われてしかいないとか言わない。

「せめて次からは事前に相談をすること。約束できるね?」

えー。

「だって安室さん怪しいじゃん…………」

トリプルフェイスじゃん。
二枚舌どころか顔が三つだぜ。
どう考えてもやばいじゃん。

「君はそういうところが……まあ、いい。いいかい、よく聞いてくれ」

ずずいと近付く安室透の顔。
だから近いって。

「俺は公安警察の降谷零だ」

「えっ」

「とっておきの秘密だよ。これなら信用できるだろう?」

こっそり見せられた黒い手帳はどう見ても警察手帳で。
安室透っぽい顔の下にはっきり降谷零と書いてある。なんというネタバレ。なんという大事故。

「君なら俺の命綱をみすみす断ち切ったりはしないと信じているから――内緒だよ?」

「……そーゆの、ずるいと思いまーす」

「俺は公安だからね。使える切り札はなんだって使うさ」

公安だからなんだってのさ国家権力め。
お巡りさんはそういう微妙にダーティーな手は使ってこないと思います。
俺の肩から手を離して咳払いをする安室透こと降谷零。

「さあ、暖かいレモンティーでも作ってくるよ。好きだろう?」

いや、好きだけど。
たしかに飲み物の中だとレモンティー好きだけどなして知ってるん。

「俺、安室さんにレモンティー好きって言ったっけ?」

「言っていたよ、いつかね」

嘘だぁ。
俺、ポアロでレモンティー頼んだことさえないのに。なんか個人的な嗜好をアムロンおにーさんに知られるの超怖い。
言ったはずないのに俺の好み知られてるのも超怖い。
バーボン怖い。
なんて去っていく安室おにーさんの背中を見つめていたら不意に青い瞳が振り返った。
力強い視線にどきりとする。

「君は死なせないよ」

そんなよくわからない一言を残して去っていく安室透。
そんな不意打ちの重い一言はやめていただきたい。
神崎君、シリアス嫌い。

「はーーー……これいつまで続くの……」

まだ俺ソファから一歩も動いてないのにすごい疲れたんですけど。
何が悲しくて野郎共からアプローチされなければならないのか。どうせなら長髪の美女とかいいなぁ。

――ガチャリ。

「貴様…………」

「こんにちはァ」

イエア、神崎君臨戦モード。
臨戦と書いて逃走用意と読むぜイエア。
ソファの裏にさっと隠れてこっそりとそいつの様子を伺う。
違う。
たしかにアンタも長髪だけど違う。
チェンジでお願いいたします。

「ちっ…………何してやがる。とっとと出てこい……」

えっ、無理。
心臓壊れる。
むしろ壊される。
ジンニキの前に無防備にノコノコ出てきたらドタマを一発で撃ち抜かれる。
これありとあらゆるコナン界の常識ね。テストに出るよ。

「あっはは、びっくりしたなー。おにーさんも来てたんだ?」

ってかなんでいるの。
ここ工藤さんのおうちよ。
なんで当然のように黒い人がいるの。

「その茶化した喋りはやめろと言ったはずだ……そのふざけた面もな……」

初耳だよ。
あと面はやめられないよジンおにーさん。

「しぶといやつだ……。てっきりくたばったもんだと思っていたが……フン」

「ところがどっこい、生きてるみたい……ってね?」

「おまえの死体を拝めなかったのは残念だが…………このイカれ野郎をじきじきに殺す機会が残っているとでも思っておくか……」

「怖いなぁ」

いやマジで。

「テメェがオレにぶちこんだ弾丸の味は忘れてねぇさ…………あのド派手な花火をなぁ?」

「ハハハ、なんのことかまったく心当たりがないなぁ」

いやマジで(二回目)。
誰か状況説明を。
俺にマジコナの詳しい設定を教えてプリーズ!

「ハッ。まあいい、せいぜい楽しみにしているさ……そのスカした面が恐怖と絶望に染まる日をな……」

「…………そういう顔はおにーさんが浮かべた方がファンサービスになると思うぜ?」

「ハハ…………楽しみにしていようじゃねぇか…………これが全部終わった後…………地に伏しているのはどちらなのか…………」

「物騒だねぇ」

俺の返答に気に食わなさそうに鼻で笑い、去ろうとするジンニキ。
あー、怖かった。
ソファの背もたれにだらっと垂れたところで肩越しにジンが振り返った。
やだこっち見ないで。

「……死ぬなよ?」

それ恋愛イベで浮かべちゃいけない顔。
血に飢えたみたいな表情で言われてもすげぇ恐いんだけど。
死ぬなよの前に(オレが殺すまで)ってつくだろこれ。
結局何の用だったのあの人。
え、今のがジンニキとの恋愛イベ?あのたくさんついてたハートって殺意の証?

「逆に安心したよこんちくしょう!!」

「そういうヤツなのよ彼は……」

いつから居たのベルモット姉さん。
黒の組織の人たちは気配遮断するのやめてほしい。
普通にびっくりする。

「貴方も知ってるでしょ…………手を組むと言っても仲良しこよしなんか期待するだけ無駄よ。警告があるだけジンにしては優しいわ……」

「ベルモットおねーさんもいた」

「居るわよ。居るに決まってるじゃない。あそこまでされたら仕方ないわ」

色気の含んだ流し目が飛ぶ。
大女優すごい。
色々吹っ飛びそうなくらいドキドキする。
怖いくらいトキメく。

「責任はとってもらうわよ…………いいわね?」

なんの責任。
しなだれかかられて思わず頷きそうになるけど俺何かやったっけ。
いや、こんだけ押されるってことは気付かないうちになんかやったんだよな?
え、これ頷くべき?
ここ大人しくうんって言わないと男が廃る場面?

「…………ふふっ、冗談よ。あなたもそういうかわいい顔するのね」

「そんな変な顔してる?」

「弱りきったような顔……悪くはないと思うわ。もう、困ったものね…………」

何に困るんですか。
えっ、これはもしかして。
もしかしなくてももしかして。
神崎君がワンライフ・ラブをベルモットおねーさまと……!?

「えーと…………ベルモットおねーさん?」

「フフ……。私もジンと同じ意見よ。討つべき敵がいまは同じでも、やがて私たちは敵同士……。必要以上に馴れ合うつもりはないわ」

だからこれ以上は秘密(let it be a secret)。
そうやって自分の赤い唇に指を押し当てたベルモットがウィンクを飛ばす。
やばい、心臓撃ち抜かれる。
ベルモット様ふつくしいって言葉はこういうときに使うんだな……!
それ以上はなにも残さずに部屋を出ていくベルモットおねーさま。
美しい。
ドキドキする。
恋愛ゲーム素晴らしい。
でも神崎君そろそろセーブしておうち帰りたい。
まさかこれ全員分続くとかないよね。
あの扉に刻まれてた名前って後何人だっけ……。
そういやあそこに平次の名前はなかったなぁ。マジコナの攻略対象だった気はするんだけど。
服部平次が遠山和葉以外とくっつくとかマジ事故ナン。
原作厨だったら激おこしちゃうところだぜ。
神崎君もおこだよおこ。

「黒の女神はアンタにデレデレってわけだ」

え?そう?ほんとにそう思う?
やっぱりこれベルモットと神崎君の――って。
ドチラサマデスカ。
いつの間にか横に立っていたこのセクシー系のおにーさんはいったい。

「えーと……?」

「俺の名前を覚える必要はない。この未来がどちらに転ぼうと、俺は二度とアンタの前には現れないからな」

このダークっぽい雰囲気。
黒っぽい衣装。ってかむしろ上下真っ黒の衣装。
これは……組織の人か?
どちらさまでしょう。
俺の知らないコナンキャラか、マジコナオリキャラかどっちだ。どっちなんだアンタは。
微妙に世界観が違う人のような気配がするのは神崎君の気のせいかしら。
ってか二度と現れないっておま。

「ああ、別に死ぬ訳じゃないさ」

俺が問いただす前に答え始める謎のおにーさん。
なんだあんたエスパーか。

「おっと、今のはつい口が滑ったな。いや、やっぱり死ぬかもしれないってことにしといてくれ」

「どういうことなの……」

「ついつい先を読みたくなるくらいに、アンタに夢中ってことさ」

どうしよう話が通じてる気がしない。
俺がわかってないの?
俺がわかってないだけなの?
このおにーさんが明後日の方向に生きてるだけとかない?

「アンタ、危なっかしいしな……」

「それは俺のせいじゃないッス」

「ははは、業ってのを信じてないってわけだ」

いや、危なっかしいことが起きるのは大凶のせいですってば。
俺のせいじゃない。
…………神崎君悪い子違うよ?

「なぁ、アンタ。未来を読みたいって思ったことはあるか?」

「えー、うーん…………」

「たとえば俺が未来を読み取れるとして」

たとえば大凶を先読みできるなら。
大凶を避けれる。
大凶を避け…………れる?のか?本当に?(疑いの目)

「どんな不幸が訪れようとも俺が必ず守り抜くよ……そう言ったら……」

「……………………」

「…………俺と同じ人生を生きてくれる?」

茶化したような口調だけど目だけはやたらと真剣で。
重い。
どちらさまか知らないがこのお兄さんの恋愛イベ重い。
マジであんた誰なの。

「なんてな。答えは聞かないままでいるよ」

俺が答える前に話を一方的に切り上げるおにーさん。
黒の組織のやつらは基本的に人の話聞かねぇな。
ガチのプロポーズにどう答えたらいいか俺もわからないから助かったけどさ……。

「ああ、そうだ。トロピカル・ランドって知ってるかい?」

「え、なんか大きい遊園地……」

「そう。そこに行ってみるといい。そこで君が待っている人がいる」

「…………俺を待っている人じゃなくて?」

「君が待ってる人だよ」

器用なウィンクを飛ばしてどこかへと消える謎のおにーさん。
オキヤスバルもウィンクだったけど、謎属性の人はウィンクする法則でもあるのか?
いったい彼は何酒さんだったんだ。
どっと疲れてソファーに座り込む。
かつてないほどにわけわからない状況だぜ……。これが噂に聞かないマジコナ疲労……。

「おつかれさま」

ポンと頭の上に缶コーヒーが置かれる。
つめてぇ。

「なんだよ赤井秀一」

「ご褒美だ。うまくやれたようだからな?」

ご褒美だといいつつブラ缶渡してくるとかどんな神経しているんだ。そこは微糖かマックチュ(maxs)コーヒーだろ。
まあ、俺ブラック大好きですけどね!!
さっすが赤井おにーさん!

「やつらをこちらに引き入れるとは……君にしかできなかった芸当だ」

「俺は何もやってないよ」

マジでなんもやってねぇぞ。
あとバーボンとベルモットくらいならコナンくんが味方にできると思うぞ。

「たまには素直に労われるといい……ようやく犠牲になった彼らも浮かばれる……」

なにがあったの。
ねぇマジコナ何があったの!?
サスペンス系恋愛ゲーって、え、マジのサスペンス?
…………っていうかね。
つっこまないでおいたけどやっぱり気になる。
さっき赤井秀一の外身オキヤスバルいませんでしたか。
げろ甘いだれおま状態のピンク茶髪居たよね?
何ゆえ今日はじめて会いましたねみたいな顔してるんだ赤井秀一。

「で?さっきのなんだったのさ」

「さっき?」

「さっきはさっき。くそ甘いオキヤスバルは何ゆえ生まれたのさ」

「沖矢昴…………ああ、彼か」

え、なにその他人事感。

「組織の人間でないことは確かだが……何者なのだろうな…………」

「え、あれ赤井さんじゃないの」

「いや、あれは沖矢昴………………やめておこう。ややこしい話になる……」

「待って。え、あれ誰。ちょっと待って、俺冒頭で誰に口説かれたの?!」

「口説かれた?ハハ、また彼にからかわれたようだな」

「笑っている場合じゃないかと」

マジコナ怖い。
誰が誰だかわからなくて怖い。
二番目の安室透も降谷零と分裂してたりしないよな。
……さすがにないか。

「では俺も少し対抗してみるとしよう」

「ふぁ?」

赤井さんが俺の顎をグッと掴んだ。
痛い。
赤井さん、それ痛い。

「おまえがどこに行こうとも。何をやろうとも。俺はおまえの味方であり続けよう」

乱暴なしぐさのわりに柔らかく笑う赤井秀一。

「FBIとしてでの義務ではなく、ただの赤井秀一としての約束だ…………」

あー、やっぱりこの人ってヒーローなんだなぁ、と。
目の前に広がる屈託のない笑顔にそんな感想を抱く。

「今度こそ守ろう……俺自身のためにもな……」

「あの、赤井さんそれって…………」

それってもしかしないでも俺との約束が前破られたとかじゃなくてさ。
首とか色んなところがくそ痛いぞ赤井秀一。

「俺なりのプロポーズさ。うまくできたかな?」

「怖いです」

「そうか」

満足そうな顔するなし。
怖いと言っているだろーに。
ぐしゃぐしゃと髪触られてもドキッとなんかしないんだからな!
嘘ですドキドキしてます。
ってか胸が痛いです。
なんでかなァ。

「さあ、もう少し大人しく寝ていろ。今日一日は休養に回せ」

「あ、うん……」

ガチャリ。
とドアが開いた。
今度は誰だ、と身構えながら振り向くとそこには我らが主人公工藤新一が。

「邪魔するぞー」

うわああああああああああああああああ!
工藤新一だあああああああああ、でたあああああああああ!!
コナン君じゃない!
でかいほうの名探偵だ!

「って、なんだ。赤井さんも居たのか……」

「俺はお邪魔のようだな」

「あ、いや……そういうわけじゃねーんだけど……」

「気にするな、ちょうど俺の用事も終わったところだ」

言いづらそうにする名探偵にくつくつ笑って出ていく赤井さん。
あ、シルバーブレットコンビ今すれ違った。
一瞬銀弾コンビ並んだ。
ほへ……。
赤井秀一と工藤新一って身長差割とあるんだな……。

「体の調子は大丈夫か?」

「え?あ、うん。たぶん?」

ここしばらくは怪我した記憶ないな。
交通事故の後遺症はようやく取れてきたよ!もう肩そんなに痛くなあいたたたたたたたた。

「やっぱ怪我してんじゃねーか……」

「右肩やっぱり治りきってないです。痛いです」

「ワリー、ワリー。でも元気そうでよかったぜ」

笑顔で言うことじゃないと思います!
コナン君なんなの俺の傷口えぐるの趣味なの!?
でっかくなっても中身は同じ……その名も高校生探偵工藤新一……。

「あー、ところで」

コホンと急に改まる高校生探偵(元小学生)。

「オメーにどうしても言いたいことがあってさ……」

あ、待って。
その準備はできてない。
君にプロポーズされる準備はできてないというかさすがにあらゆる意味で罪悪感とかそういうのがやばいというかやめろ顔を赤らめるんじゃない。

「そのプロポーズってやつなんだけど……」

「ストップ。新ちゃんそこでストップ。それ以上はやめた方が色々といいと思う!!」

やだあああああああああ!
新蘭がいいいいいいいい!新一×神崎×新一とかお呼びじゃないし俺ストレート。
大事なことだから何度も言いますが俺は女の子が好きです。
野郎に告白されてときめく趣味はない。
……たぶん。

「そ、そんな力いっぱい言わなくたっていいだろ……。そっか、やっぱり止めといたほうがいいか……」

「それがいいと神崎ちゃんは思うわ!」

「今告白しても時期が悪いよなぁ……クソォッ。久々に会えたのに蘭のやつに何も言えねぇじゃねぇか」

「えっ」

顔を赤くしたまま舌打ちをする新一君。
あれ、プロポーズって神崎君に対してじゃなくて。

「コナン君や、プロポーズって」

「名探偵呼びすりゃあなんだって良い訳じゃねーんだぞ。だいたい呼ばれるならホームズ、いや違った。そんなことはどうでもいいんだよ。やっぱり蘭にプロポーズってヤツをするなら、今回の件が全部終わった後の方がいいよな……」

なんだよ、蘭ちゃんの話かよ!!
紛らわしいなあもおおおお!
信じてたよ名探偵いいいいいいいい!

「あー……まあ、死亡フラグは建てない方向でな、ホームズ君」

「しぼうふらぐ?」

「ご褒美は最後に来るもんだ、って話だよ」

「ご、ご褒美って…………!」

何を考えたのか茹で蛸になるコナン君じゃなかった工藤新一君。
そうだこいつエロガキだった。

「ホオーーー?いまなーに想像したァ?おにーさんに言ってごらん?」

「な、なんだよ!なんでもねぇよ!言いたかったのはそれだけだから!ありがとよ!!」

ハッハハー!逃げろ、逃げろー!
これは神崎君大勝利!
なんだか気分がいいぜ!!

「あっ!それともう怪我すんじゃねーぞ!!オメーがいねーと俺も困るんだから……」

ひょっこりと工藤新一が顔だけ覗かせていたドアが。
パタンと閉まる。
神崎しばし無言タイム。
…………名探偵いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!
今の言葉はなにいいいいいい!?
困るってなに。
マジコナ時空で工藤新一と神崎君の間になにがあったというのだ……!



謎のおにーさんの助言に従い、トロピカルランドへ来た神崎くんでっす。
工藤邸?
普通に出てきましたよ?
あんだけ人がいたはずなのに誰ともすれ違わないという恐怖展開は味わったけど。
なんなん、みんな俺をはぶってどっか行ったの。
それともマジコナが実はホラー時空なの。

「あれがジェットコースターかぁ」

大きなジェットコースターを見上げるとなんだか込み上げてくるものがある。
そっかー、あそこで人が首ちょんぱされたのかー。
怖いなー。
さてここまで来たはいいがどうしようか。

神崎

不意に投げ掛けられた声に心臓が跳ねた。
急いで振り向いて、あまりにも予想外すぎたその姿にしばらく声が出なくなる。

「…………スコッチ」

おまえもいるんかい、死んだ方の公安警察。
戸惑ったように俺を見るスコッチの視線。
戸惑ってるのは俺もだっての。
遊園地の入り口で野郎二人が無言でみつめあう。
何を言うべきなのか、言葉が出てこなかった。
スコッチがやがて口元を少し緩めるまでどれくらい見つめあっていたんだろうか。

「……神崎にその名前を呼ばれるのも不思議な感覚だな」

「俺もちょっと変な感じがした」

小さく笑ってまた沈黙が落ちる。
ああ、俺が言わなくちゃ。
これはきっと、そういうことだ。
はっきりと誰かに言われたわけでもない。
ましてや恋愛ゲームに詳しいわけでもない。
でもこの場所で、このタイミングでこの人が来たということはやっぱり“そういうこと”なのだろう。
腹の中を探せば、確かに言うべき言葉が奥底にあった。
日常に溶けていくのを良しとして、はっきりと形にすることも忘れていたもの。
それを口に出して誰かに伝えるのは俺にとって非常に難しいことではあったけれども。
この世界ではそれが容易く許される。
真心を誰かに伝えること。
それをプロポーズと呼ぶのなら。
俺は名前の知らない誰かではなく、名前を偽った誰かでもなく。過去の登場人物でしかなかったはずのこの人に伝えたい。

「スコッチ」

「な、なんだ……?」

「俺と一緒に生きてくれませんか?」

俺のいないはずの世界でやたらめったらと事態を引っかきまわして。
正直これから先どうなるかなんてわからない。
本当は起こりうるはずだった事態を歪めてしまったのではないかという恐怖はしっりと感じている。
それでも躊躇わずにいられるのはリスクを犯してでも変えたいと思ったものがあったからだ。
救いたい。そんな身の丈知らずな大それたことを言うつもりはない。
だけど生身の人間としてこうして目の前にいる彼を見るたびにくすぐったい安堵が込み上げる。
俺が今ここに居ることに理由がある。意義がある。
俺がやったことは間違いだらけだったかもしれない。でも間違いだけではなかったかもしれない。
目の前でこの男が生きて立っていることが間違いだとは思えない。

「俺、スコッチがいないとこの世界では生きていけないよ」

それはネガティブな感情じゃない。
ただ、きっと例えるなら。
自分の姿も見えないような暗い洞窟の中、見知った手をしっかりと掴んでいるような。
ランタンなんて上等なものは持っていないけど、どこに辿り着いても彼がいる限り俺は一人きりではないんだろうと。
そう思えた。
洞窟を潜り抜けた先なんてものが本当にあるのかもわからない不確かさの中でただ一つ、誰かといる未来だけは信じられた。
なら歩き続けなければ。
どれほど足が重くなろうとも前に進まなくては。
それがこの世界における神崎としての人生になる。

「………………」

目を見開いて驚くスコッチ。
その横顔が赤っぽい光に照らされた。
小さな爆発音。
花火だ。
遊園地中を赤、青、金と様々な色に染めながら空中を彩る光の花々。
なんて『らしい』展開。
そうだ、遊園地でプロポーズと来たらこうこなくては。
くすぐったさに笑って、スコッチへと手を差し出す。

「スコッチ」

「……………………仕方ないな」

目を細めて笑うスコッチの表情に不思議な眩しさを覚える。
しっかりとした質感を持って俺の手を掴む男の手。
ひんやりとしているのにそれは人肌の切実に訴えてきた。
一際大きな花火が爆竹のように打ち上がり、辺りが真っ白に染まる。

神崎、俺は元より――――」

スコッチが何かを言ったが俺の耳には届かない。
五感が遠く、どこか上の方へと全身が引き上げられていく感覚がする。
目も眩むほどの光に視界が埋め尽くされた。
これはきっと。
エンディングというやつなんだろう。

――ゲームクリアおめでとう

チュートリアルにしては皮肉げすぎる声が頭に直接流し込まれる。
ああ、プロローグで聞いたあの声だ。
聞いていたのかよ、と文句が脳裏に浮かんでしまう。

――仕方ないだろう?君が僕に気が付かないんだから

楽しそうに声が笑ったかと思えば、なにかが頬をかすめる感触がした。
気がした。

――僕を見えないでいて。聞こえないでいて。知らないでいて。ずっとずっと、これからもずっと先も。

――君は飛びかたを間違わないで、正しく飛び立ちなよ

まるで幽霊みたいな言い方だった。
君は誰なんだ。
遠ざかる意識で辛うじて問いかければ。
声は笑って、

――………………

思ってみなかったその名を口にした。



…………うん。
変な夢を見ていた。

なんだよマジコナって。
そんかゲームねぇよ。
噂すら聞いたことねぇよ。
新蘭じゃないゲームなんて出たらマジで事故だよ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

目覚めたばかりだと言うのにこの疲労感。
なんだったんだアレ。
恋愛ゲームの中に迷いこんでやたらと野郎ばかりにプロポーズされるってなんだったんだ。
あ、でもベルモットおねーさまは神崎君殺せた。あれは悩殺の秒殺だった。
彼女ほちい。

――コンコン。

軽いノック音がして、反射的に時計を見る。
早朝の二時。
ふざけんな、誰だよ。
今まったく眠くないけどこんな時間にアポなしで飛び込んでくるアホは誰だよ。
そもそも俺の家を知っている人物というだけでだいぶ限られるけどさ。
のろのろと起き出してドアを開ければそこには予想通りの人物がたっていて。

「なんすか、輝さん…………って、おま」

「すまない、神崎いれてくれ」

おはよう輝さん(偽名)。
サングラスしか掛けてない雑な変装じゃねぇか。
ちょっ、おま。
慌てて部屋の中にスコッチおにーさんを入れる。
すげぇ雨の匂い。
うわっ、めっちゃ降ってる。どうりで扇風機つけてないのに涼しいはずだと。
なんならスコッチおにーさんはびしょ濡れだ。やめて神崎君のおうちびしょびしょになっちゃう。

「え、なんかトラブったん??」

「お前じゃあるまいし、そうそう厄介ごとには巻き込まれない」

タオルを投げわたしてやったというのになんという冷たさ。
まるで俺がいつも厄介ごとみたいな言い方やめてくれます?

「おにーさん今二時よ。俺が起きてたの奇跡なくらいよ」

「ん?ああ………………」

はじめて時間に気付いたような顔をするスコッチおにーさん。
ボケなのか。
なんだボケたのか。
早朝に散策に行くじじいか。

「マジでなんかあったの?」

「いや、なにかすごい変な夢を見てな……」

「へー」

「おまえがよく言う死亡フラグってヤツなんじゃないかって思って慌ててきたんだが……そうか、二時か…………」

おい。
どんな夢見たんだよスコッチおにーさん。
ってかもはや当然のように俺の家に来るようになったなこの人。

神崎君、サイキョーだから死なないよ」

「しぶとさとずぶとさは信頼している」

「人をゴキブリみたいに言わんといてくれます!?」

「赤いゴキブリは嫌だな……」

「ああ赤い方が真っ黒よりもちょっと攻撃性高そうで確かに嫌、っておい」

「ははっ!」

楽しそうに笑うなし。
神崎君からかうなし。

「……今さらお前の手を離すつもりはないさ…………」

「え?」

「いや、なんでもない」

なんでもないと言われたって、その小さな呟きはしっかりと俺の耳が拾ってしまっていて。
妙に上機嫌な様子のスコッチに妙な気まずさを覚える。
悪い居心地の悪さじゃない。
でもなんだか、こう。
深夜のテンションで訳のわからないことを叫んだことを思い出したときみたいな気分がぶわっと来る。
主に顔に今来てる気がする。


…………夢ってまさかね?



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