神崎とポアロ (1/1)


ただいまですね。えー。喫茶店ポアロに潜入しております。少年日曜日の大人気連載推理漫画の聖地と言えばやっぱりここでしょう。上の毛利事務所も覗いてみたいけど、実行したらただの不審者なのでやめときまーす。
神崎君、悪いことなんかしたことないんだから。

「すいませーん」

「はーい!!」

小走りで駆け寄ってくる梓さんがかわいい。本当に目元ぱっちりしてるなこの人!え、なに?美少女なの?安室さんと童顔コンビでも組むの?

「コーヒーとサンドイッチお願いしまーす」

「はい!コーヒーとサンドイッチですね!」

梓ウェイトレスさんに今給仕されています。ここに天国はあったのだ……。ソファーフカフカだわー。居心地いいわー。

「あ、ボクもオレンジジュース!」

「あら、コナン君!」

あら、コナン君。
おま、いつの間に俺の隣に。ちょっと待って、そのジュース代金俺持ち?

「お兄さん、コナン君の知り合いだったんですね!」

「そうなの!新一お兄ちゃんと仲がいいんだって、ね!」

「あはは、俺は事件に巻き込まれただけだけどね」

あ、許す許す。ぜひそのオレンジジュース代出させてください。梓さんとコナン君の笑顔プライスレス。
その『ね』に頷けやオラァというオーラを感じてもかわいいは正義。

「えー、新一君と!最近新聞でも見ないけど元気ですか?」

「うん、高校生探偵って言うだけあって年下のくせに生意気だよ」

「ふふ、なんだかわかるかも。あ、お水お持ちしますね!」

来たときと同じように小走りで厨房の方に去っていく梓さん。隣を振り向くとジト目の小さな名探偵。
え、俺なんか悪いことした?

「……神崎さんって、新一お兄ちゃんのことも知ってるんだね」

げっ。
だから記憶喪失設定にはあんま突っ込まんといてって言って。

「ほら、新聞で見たことあるから」

「記憶喪失なのに?」

「工藤新一が名探偵ってのはエピソード記憶に入らないのさ。ほら、有名人だし」

「でも、神崎さんってすごいや。ボクが新一お兄ちゃんと知り合いだって言っても全然驚かないんだね!」

「…………これでも驚いてる、って言ったら?」

神崎さんって、図星のときって相手を試すような聞き返し方をする癖があるよね!」

「マジっすか」

「うん、マジ」

「そっかー、これから気を付けなきゃなー」

「そうした方がいいと思うよ。安室さんに正体バレたら困るでしょ?」

こそこそと声を落として少年はそんなことを言った。
やめろ、俺の苦手な男の名前を出すな。トリップしてからそいつの名前を聞くだけでドキッとするんだよ。

「あはは、あの人はサングラス野郎の件がバレないうちは平気だと思う」

「なんの話だい?」

ドキッ。
居たんかい、安室透!お前が居なさそうな日を狙ってきたというのに!
コナン君がすかさず安室さんに無邪気スマイルを送る。笑ってごまかせ作戦ですね、オーケーボス。

「あれ、安室さん。いつもはこの曜日、いないよね?」

「今日はたまたまシフトが入っていたんだ」

ああ、なんだただの恒例の大凶タイムか。いやー、偶然。怪しい人物を見るような目をしてる安室おにーさんと会うなんて中々ない偶然だよなー。嬉しいよぉ。サインくださいって言ったらくれるかなー?
…………あの、ホントにただの偶然ですよね?

「貴方は確か……」

「どーも。神崎です。病院のときも、ハドさんときも挨拶する時間なかったですよね……えーと、安室、さん?安室くん?」

「……こう見えても、君よりは年上ですよ」

「そっかー、安室さんかー。てっきり高校生探偵とかそういうのかと。年齢不詳って言われません?」

「ははは。そんなことを言うのは君がはじめてですよ。別々の現場で、二回も容疑者になった人もはじめて見ましたけど……」

疑うような眼差しはやめて!
だから神崎君は記憶喪失なだけの一般市民よ!

神崎さんはすっごく運が悪いんだよ!」

コナン君、そこは笑顔で言うところじゃないから。それに事件遭遇率は君の方が比じゃないから。

「運が悪いんじゃなくって、大凶なの」

「えー、おんなじじゃない?」

「いや、そこの違い大事よ?大凶は滅多にないレベルの不幸がきて、ラッキーだかアンラッキーなんだかわかんないやつだから」

「確かに、おみくじでは案外大凶の方が中吉よりいいことが書いてあったりするからね」

「安室さんわかってるー!」

「まあ、連続で大凶を引き続けるなんて天文学的な確率になるので現実的とは思えませんけどね。何かしらのイカサマでもしない限り」

そこはわかって。何度おみくじ引いても大凶しか引けない男がここにいるって。
事実は小説よりも奇なりぃ。
ってか、安室さんの事件遭遇率も中々天文学的確率だろうが。コナン君には負けるけど。我らが米花町の死神には負けるけど。

「あ、すみません。コーヒーとオレンジジュースお持ちしました。サンドイッチは少々お待ちください」

「ありがとうございまーす」

「わーい!」

くそう、安室透。テーブルのセッティングも様になる男。
至近距離に近付いてきた横顔をなんとなく眺めてみる。バーボンの時みたいな怖い顔してなけりゃ普通にイケメンだよなぁ。
げっ、視線があっちゃった。

「さっき……」

「ん?」

「さっき、何の話をしていたんですか?サングラスがどうとか…………」

その話、まだ終わってなかったんかい!スコッチサンが実はまだ焼け死んでない件です、って言えないな。正直者には今回なれないな。
えーと。

「うちの大家さんの話。近所で不審なグラサン男が出てちょっと騒ぎになったんですけど。実はそれが俺の知り合いだったってバレたら俺も一緒に怒られそうで」

ちなみに実話である。
安室さんの元同僚だろなんとかしてくれよ。俺の正体を探りにくるんじゃなくて、しっかり身を潜めておけって言い聞かせておいてくれよ。

「なるほど……。面白いお知り合いですね……」

「安室さんってさ、俺に興味津々だよね」

ウィンクでも飛ばしとこ。
だって事実でしょ。病院のときといい、ハド事件のときといい、いつも俺を犯人扱いしやがって。いったい俺になんの恨みがあるというのだ。
君の大事な同僚を【自主規制】したのは俺じゃなくて赤い髪で真っ赤なおめめ(カラコン)のもう一人の神崎君だと言うのに。

「そうですね……興味はありますよ。記憶を失ってすぐ、そんな顔ができるほどの親しい人間が作れる君にはね……」

そんな顔ってどんな顔。
え、俺今どんな顔してんの?墓穴掘った顔?またなんか墓穴掘ったのね、神崎君のうっかり屋さん!
それでは、と去っていく安室さんの後ろ姿を目に焼き付ける。ポアロの制服かっけー。

神崎さん」

「…………はい」

「で、何が大丈夫だって?」

笑顔の小学生(中身高校生)になにも言い返せません……。

「ははは…………気を付けまーす…………」

「そもそも、オメーなんでポアロに来てるんだよ!」

「コナン君、口。口、悪くなってる」

再び始まるこそこそ話。
コナン君、ひそひそされるとおにーさん耳元こしょばゆい。

「安室さんがここで働いてるのはわかってただろ!正体バレてもいいのかよ!」

「う……だって…………前からこの喫茶店気になってたんだもん…………」

「だもんって子供か!こんなんでよく数年も見つからずに済んだな……」

「堂々してりゃあ、平気、平気」

「……………………」

「コナン君?」

急に黙りこむ少年。ふと何かに気づいた様子で俺を見ている。
え、なに?俺の顔なんかついてる?ガーゼ?ほっぺのガーゼしかついてねーよ?後もうちょっとで取れそうなガーゼ痛たたたたたたた!?

「いたたたたた!何しますかね、少年!?」

「えへへ、ごめん!剥がれかけたから気になっちゃって……」

「コナン君、その手は食わないぞー。おにーさん誤魔化されないぞー。ああ、もうかわいいなぁ」

「………………神崎さんって…………」

ショタコンじゃねぇぞ。
俺は!ショタコンじゃ!ないぞおおおおお!
ただちょっと主人公を見るとテンションがみなぎっちゃうだけさ。HAHAHA。

「ほっぺのその怪我、まだ治ってないのか……。もう退院してけっこう経つよな?」

「ここだけ、事故ったときに何かの破片が掠めたみたいでさ。火傷みたいなもんだから、痕を残したくないなら保湿しとけって言われてんのー」

「……この傷痕って…………」

「まるで擦過射創………銃弾が掠めた痕のような傷ですね………」

「「!」」

「サンドイッチ、お持ちしましたよ」

「ありがとうございまーす」

梓さんどこおおおおお。
この怖い黒づくめのおにーさんどっかにやっちゃってええええ。

「え、ほんと?銃弾受けたみたい?残ったら男の勲章みたいになる?」

「あー……それは、どうかな…………」

「怖い人に間違えられるだけだと思うよ」

「コナン君、夢がないぜ……」

神崎さんが夢見すぎ。ほら、はやくしまって!」

いや、剥がしたの君だから。覆われてた傷を外気に晒したの俺じゃないから。
サンドイッチを置いて、何事もなく去っていった安室さん。なんだったんだ今の。すげぇ怖いタイミングで来たんだけど。
いやーすごい偶然だなぁ、あっははは!

「…………神崎さん、マークされてるな」

「ちょっとコナン君、残酷な真実はもうちっとオブラートに包もうぜ」

「だって………オレでもやっぱ神崎さんは怪しいと思う。なーんか、雰囲気がうさんくせぇんだよなぁ」

「ちょっとちょっと!優しげな神崎君のアルカイックスマイルが怖いって何事さ!」

「自分で神崎君って言うんだ…………にしても。今の傷、安室さんが言ったように擦過射創だよな?」

「あー…………さーて、どうでしょ?」

「ジンに頬を撃たれてたってのは赤井さんから聞いたけど…………たしか、その傷と同じ……右頬…………」

「はっはは。数年前の傷がこんなに生き生きしてるわけないだろ?そんなことより、サンドイッチ食べる?美味しいぞ?」

「たぶん神崎さんより知ってる。むしろなんで神崎さんが知ってるのか不思議なんだけど」

「口コミ、口コミー!」

あー、墓穴に墓穴を重ねた気分。
名探偵怖いよぉ。
あ、マジでポアロのサンドイッチ旨かったです。どうしよう、通っちゃおうかな~?

「コナン君、このサンドイッチ美味しいね」

神崎さん、通うとか考えちゃダメだからな?」

…………はーい。


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