明けましてフライドチキンと年明け蕎麦 (1/1)
クリスマスは稼ぎ時。
安室謹製フライドチキンサンドは大人気。
クリスマス期間中ずっと、捌いても捌いても切れないお客さんを相手にしていた俺の頭はちょっとおかしくなっていた。
「安室先輩年明け山行こうぜ!!!」
「いいですね!」
少し虚ろな目で頷いた安室先輩も疲れてたんだと思う。お前いつもそんなキャラじゃないだろ、とツッコム程俺も元気じゃなかった。テンションだけはひたすら高くて理性もぶっ飛んでたから勢い良くサムズアップしたところまでは覚えてる。
だいぶ冷静になった元日早朝の今なら思う。
俺たち疲れてた。
なんで俺、バイト先の先輩(野郎)と早朝に山の麓で待ち合わせしてんだろう。
「安室おにーさん、あけおめ!」
「あけましておめでとうございます」
「アケマシテオメデトウゴザイマス」
やめてその圧。綺麗すぎて怖い笑顔に神崎君どきどきしちゃう。
俺も安室先輩もどうせだったら人が少ないところがいいから地元の人しか知らないような山に来てみた。熊は出ないがイノシシは出るらしい。……フラグじゃないよ?マジでフラグじゃないからな!?
「安室先輩のアウトドアルックとかレアでね?」
「君のその姿も中々レアですよ……下、ジャージですか?」
「うん。部屋でも着ないからねジャージ」
「へえ……部屋着は何を着ているんですか?」
「なんかもらったTシャツ。お土産に売ってそうな」
「…………浅草とか?」
「京都の外国人向けの店とか。『大吉』って胸にでーんって書いてあるやつ」
「うわぁ」
引くなよ、お前の親友が買ってきた奴だぞ。
何を考えてスなんたらかんたらさんがその服を俺に買ってきたのかは知らない。大凶と迷ったんだが、とか言ってたあいつの頭を俺の代わりにどついてくれ安室透。ついでに服の差し入れほんとに助かりますありがとうございますって俺の代わりに伝えといてくれ。
「安室先輩は?部屋着なに着てんの?」
「秘密です」
「まさか……っ!キャミ――」
「違う」
「最後まで言わせてよ」
キャミソールとか、着ぐるみパジャマとか裸族とか。あの安室透が部屋では意外と……みたいな展開とか神崎君面白いと思いまぁす!
裸族の快感を味わうと止められなくなるらしいね!神崎君したことないからわかんないけど!
「本当に君は…………」
「そういうところだ?」
「そういうところだ」
いつものじゃれあいをしてさくさくっと山登り。そんなに深い山じゃないし、頂上まで上らなくても日の出は見れるからほんとにさっくり。
ちょっとした広間みたいになっているところまで行くと、俺たち以外の人影もちらほら。暗くてあんまり見えないけどカップル多そう。手を繋いだり、肩寄せあってたり、さむーいって言いながらくっついてたり。
これは俺たちもいちゃつくしか?
「せんぱ――」
「ホッカイロ、ありますよ」
「わぁい、俺も暖かい飲み物持ってきた!」
この安室透、察しが良すぎて怖い。あと肘鉄は痛い。暴力反対!!!
引っ付かせてはくれなさそうなので渋々秘密兵器を取り出す。暖かいミルクティーを入れると何時間経っても冷えない魔法の瓶だ。略して魔法瓶。
「ああ、助かります。流石にこの時間帯は冷えますね……」
「夜明け前って一番寒いよねぇ」
それと、妙に腹減るんだよね。普通に平日起きるときはそうでもないのに。
「あ、朝御飯は食べてきていますか?」
「いんや?」
だから安室おにーさん怖い。
俺の頭のなか読んだみたいなそのタイミングの良さめっちゃこわ……チキンサンドだーーーーー!!!!
「チキンサンドだーーーーー!!!!ちょっと暖かい!!!!」
「百均の保温バックも中々ですよね」
「食べるよ!?俺これ食べるよ!!結局クリスマス忙しくて食えなかったサンド食べるよ!!」
「どうぞ」
ミルクティー飲みながらぞんざいに返事されたけど神崎君気にしない。
安室透手作りサンド!しかも漫画になかったやつ!天敵の手作りとわかっていてもテンションあがる!!!
軽めに揚げたチキンとシャキシャキのレタスが美味しい。マヨっぽいソースがピリッとしてて大人の味。なんか隠し味で入ってる気がするけど神崎君よくわかんない。
とりあえずウマイ。
「安室先輩、これ美味しい」
「そうですか」
「めっちゃ美味しい。めっちゃ食べたかったから嬉しい」
「……君がちゃんと食べているのかたまに不安になるよ」
がっついてたら何故か普段の食生活を心配されてしまった。何故だ。
「なっんかよく食生活の心配されるんだけど……俺そんなに不摂生そう?」
「不摂生そうというわけではないが……何というか……見ていて不安になるというか」
「いつから神崎君は精神不安定物質に」
「そういう不安ではなく。……『信用しづらい』、かな?」
「そんな胡散臭いだなんてそんな」
そんな根も葉もない誹謗中傷。神崎君は誠実なのに。
記憶喪失とか嘘ついてないこともないような気もするけど俺は善良な一般人!捕まえないでポリスメン!
「胡散臭いというより……君は軽薄そうな言動を取るけど、中身はそうでもなさそうだからね……」
神崎君そこまでペラペラじゃないやい。言動もペラペラじゃないよ、ホント!ちょっとナウでヤングなだけだから!
「ノリで生きてるのは否定しないけどね!」
「うん……まあ、うん…………」
苦いものと酸っぱいものを一度に口の中に放り込んだ人を見ているような目で見られた。
やめろ哀れまないでくれ。大凶で悩むよりノリで生きてくことを俺は選んだんだ。うぇい系大学生になりたかったんだ。殺人犯(冤罪)とか記憶喪失(偽)とかじゃなくて。
「あ、空!赤いやつ!」
「ああ、日の出ですね」
排気ガスが届きづらい山の中だからだろうか。
真っ暗な空の縁で赤く燃え上がる太陽がやたらと美しく見えた。
生まれたばかりの朝陽の手前には白っぽいビル群がたくさん並んでいる。遠すぎて模型の町みたいにみえるその風景のどこかに米花町やら拝戸町やらが混じっている。左手の方に駅っぽい建物も見えて、そんな大したことじゃあないのに気分が上がる。
いつもと違う場所からいつもの町を見ている優越感みたいなものだろうか。
昇ってきた太陽が眩しすぎて、金色に輝く光線が町に降り注いでいるように見えた。
非日常的で、綺麗で、思わず前に乗り出す。
「安室先輩、あれ米花町?」
「ええ、あっちが杯戸町。明るくなるとよく見えますね」
「おーー。なんかすげーー」
「初日の出ですね」
「そういやそうだ。年明け初安室先輩だった」
「そう言われると何か嫌だな……」
「おお、まぶしっ!」
安室先輩がなんか酷いこと言ってるけど神崎君聞こえない。俺もちょっと嫌だな、とか思ったけど気にしない。
どうせなら初シルバーブレットサンドとか……いや、いいや。それもなんか嫌だわ。
「ってか新年だ!新年きた!ウケる!」
「そんなにウケることですか……?」
「これにウケないで何にウケろと!?年明けッスよ年明け!!!」
俺、コナンの世界で年越しましたよ!!!
一年経ったのか経ってないのかは考えちゃいけないんだろうな、この世界線!
人生初の経験ありがとうトリップ!嬉しすぎて何でだか涙がでそう!いや、でない!
今回は普通になんか楽しい。
年明けたけど、神崎君今年蕎麦食ってないよ。いや、もう去年か。クリスマス食いそびれたチキンサンドさっき食ったし、年越し蕎麦を今日食っても実質年越し蕎麦だろ。
「安室先輩、蕎麦食おう!年明け蕎麦!」
「君は…………」
振り返ると心底呆れきった公安の降谷さんの顔が!!!
あれ、俺なんかやった!?
「懲りないというか学習しないというか…………」
「え、俺なんか変なこと言った!?」
「それとも意外と好かれているのか……いや、なんでもない。蕎麦でしたね。近くに早朝からやってるところがあるみたいなので……そこに行きましょうか」
「さっすが安室おにーさん!あと意外も何も神崎君は安室おにーさんのこと好きだよ!」
「そういうところだ」
「どういうところ!?」
え、マジでどういうところ?
なんてやり取りをして帰り道。
帰りはイノシシに襲われ……ることなく無事に麓まで降りれたぜいぇい!
トラブルというトラブルはなかったから無事。俺が落とし穴に落ちたくらいじゃトラブルとは言わない。穴の中に冬眠中の熊は居たけど、それくらいはよくある話だよね!熊は居ないんじゃなかったのかよちくしょう!!
何事もなく蕎麦食って、安室先輩の車で送ってもらったら安室先輩が人をひきかけた。ひかなかったけど。
慌てて車から降りるとひとけのない道路のど真ん中で人が一人倒れている。
うん。脈がない。
しかも?あれれぇ、おかしいぞ?こんな山しかないような場所なのにこの人、財布以外何も持ってないぞぉ?
神崎君知ってる。これって、事故にみせかけたなんちゃらかんちゃらってパターンでしょ。
「……………………」
「神崎君のせいじゃないと思います!」
「…………………………そう、ですね」
「俺は悪くねぇ!」
「………………ええ」
安室先輩、目が正直。
こいつが犯人だって目でこっち見るの止めて。
やめて名探偵!大凶は俺のせいじゃないの!マジで!!!
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